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[朴露子の韓国・内と外]職場の会食文化、服従の儀礼

登録:2021-02-18 22:22 修正:2021-02-20 12:06
労働者をそれこそ機械のように「いつでも気安く」働かせられるようにするには、夜間や週末には「カカオトークでの業務指示」などにより彼らのプライベートタイムまで植民化して、労働時間と個人の時間の区分自体を不可能にさせる一方、上司が「温情的家父長」の役割を演出する会食という序列的服従儀礼を多くの職場で事実上必須化する。そうした会食の席が作り出す家父長的「疑似家庭」の雰囲気の下では、不法な超長時間労働の強要もはるかに易しい。
イラストレーション キム・デジュン//ハンギョレ新聞社

 韓国の大学とノルウェーの大学には違いが多いが、その中でも最初に目につくのは大学付近の町の風景だ。韓国の大学のキャンパスはたいてい歓楽街に囲まれている。学生が行って食べる食堂や勉強ができるカフェも多いが、飲み屋・カラオケなども少なくない。北欧の大学では、構内に教職員・学生が割引で食事ができる空間は必ずあるが、外に出ればカフェの数カ所はあっても、韓国のような“歓楽街”はない。大学だけだろうか?ソウルの各種オフィスビルの“森”の下によく見られる歓楽街を、企業の本社や政府庁舎があるオスロ市内ではまったく見られない。遊興空間は当然あるが、事務職労働者の職場とはそれほど近くない。彼らは“労働”の延長線上で歓楽街に行くことが全くないからだ。

 ノルウェーでも酒を飲まないわけではない。もちろんノルウェー人の年平均酒量(7.7リットル)は、韓国人成人の酒量(12.3リットル)よりは少ないけれど、酒類の販売を国家が独占して酒代を高くしてきた過去一世紀の努力にもかかわらず、“酒文化”を根絶することはできていない。ところが、“職場”と“飲酒宴会”を結びつけられるという発想自体は、資本と労働の間でバランスが取れた社会では成立そのものが不可能だ。

 職場とは何だろうか。労働者が労働力を売り、労賃を受け取るところだ。平日8時間を勤めること以外は、労働時間の販売者である労働者には雇用主に対するいかなる義務も負わされない。スーパーで私たちに食糧を売る店長が顧客と一緒に酒を飲む義務がないように、労働時間の販売者が職場管理者の指示によって連れて行かれて酒を飲むのは、法的には話にもならないことだ。実際、正常な社会では勤務時間以外に管理者が労働者に業務上の連絡をすることも訴訟ものだ。韓国はどうだろうか。求人求職マッチングプラットホーム「サラムイン」が一昨年、会社員456人に質問した「モバイル・メッセンジャー業務処理現況」では、10人中7人(68.2%)が勤務時間外にメッセンジャーで業務の指示を受けたというが、それこそ韓国の労務管理の慣行が“正常”とはほど遠いという事実を如実に見せる。

 勤務時間外の業務指示と共に、事実上の会食参加の準強要は、まだ韓国の職場管理者の多くが“正常”と勘違いしている人権侵害の代表的事例だ。もちろん、人権に対する感受性が成長するにつれ、会食参加の強要強度は大きく緩和された。私が韓国の職場に通い韓国の“職場文化”を体験した1990年代末だったら、企業や大学街で会食参加の回避は欠勤以上の“罪”と認識された職場も珍しくなかった。会食への参加を遠慮なく拒否するということは、重武装した戦闘警察が鎮圧するデモに参加する以上の勇気を要したし、単純な回避もほとんどは“上司の権威に対する挑戦”と見なされることが多かった。今はどうだろうか。就職ポータル「ジョブコリア」が昨年、会社員659人を対象に会食の現況を調査した結果によると、45%が「自由に選択できる」と答えた反面、何と41%が「顔色を伺う」と答えた。複数応答が可能なこの調査では、13%が「会食出席は無条件」と答えた。すなわち、改善されつつはあるものの、「強要された集団遊興」は依然として多くの韓国の会社員が直面している“ヘル朝鮮”の一側面だ。

 コロナで非常事態となり、当局が人々の集まりを避けるよう懇々と呼びかける状況なのに、何と22%が「会食が相変らず進行中」と答えたことから見て、会食とは単に「一緒にご飯を食べて酒を飲み歌を歌う席」というよりは、むしろ“会社”という疑似“王国”の欠かせない重要な“儀礼”に近い。“儀礼”とは、社会的関係を再確認し強化する、象徴性の高い手続きだが、会食という儀礼は果たしてどんな関係を再確認するのだろうか。職場の管理者は、会食の含意について「一体感・団結力を培う」というだろうが、典型的な会食を人類学者の目で参加し観察してみるならば、何よりもまず“序列関係”が再確認される席であることを容易に知ることができる。会食に参加するということ自体が、上司の“見えざる”命令に服従する意味が濃厚であり、会食の席で部下が上司に酒を注ぐことは確かに減ったようだが、しばし観察しただけでも誰が上司で誰が部下かはすぐ分かる。会食という(非公式的)“行事”の進行を総括する上司は、部下の困りごとや要望を聞き、部下には(暗黙的に持続的服従をその見返りとして要求する)各種の約束をする(ただし、部下職員を相手にオンライン・リサーチ企業「エムブレーン」が4年前に調査した結果によれば、「上司の酒席での約束」の履行率は19%にとどまるという) 。職員が懸命にいやな表情を隠し、上司が熱心に“温情”を装わなければならないのは、おそらく最も典型的な“会食風景”であろう。

 “酔った勢いで”からかい、暴言、暴行のようなあらゆる不法行為がたびたび起き、部下にとっては地獄のように苦しくて、そのうえ上司にとってもいくらでも負担になるであろうこの会食という儀礼を、それでも継続している理由はいったい何だろうか。それは、韓国企業の利潤受取戦略と関連していると見られる。「先進国になった」というものの、韓国の労働生産性は今もなおノルウェーの45%程度にしかならない。それでも利潤を最大化するために、多くの企業は相対的に低い効率を“無制限長時間労働”の強要で相殺する。政府が52時間制を実施すると言っても、特に製造業や建設部門の現場ではこの52時間制が有名無実であり、実質的な週当り労働時間が相変らず60時間程度になるということは、多くの労組の組合員調査で簡単に知ることが出来る。労働者を、それこそ機械のように「いつでも気安く」働かせられるようにするには、夜間や週末には「カカオトークでの業務指示」などにより彼らのプライベートタイムまで植民化し、労働時間と個人の時間の区分自体を不可能にさせる一方、上司が「温情的家父長」の役割を演出する会食という序列的服従儀礼を、多くの職場で事実上必須化する。そうした会食の席が作り出す家父長的「疑似家庭」の雰囲気の下では、不法な超長時間労働の強要もはるかに易しい。

 労働者が8時間仕事をして、夜間、週末、休暇時には職場の存在自体をすっかり忘れられる国こそが労働者に良い国だ。大韓民国がそうなるためには、会食強要に対する処罰が強化される一方、「会食のない会社こそが優良会社」という意識をまず広げなければならない。

//ハンギョレ新聞社
朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) |ノルウェー、オスロ国立大学教授・韓国学(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/983174.html韓国語原文入力:2021-02-17 02:39
訳J.S

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