黄昏に飛び立つミネルバのフクロウのようにしがない事後の無駄話だが、2019年2月末の「ハノイ決裂」以降、朝鮮半島の周辺情勢は全方位的にこじれていった。
北朝鮮は5月4日、元山(ウォンサン)の虎島半島で「新型戦術誘導兵器」とみられる短距離飛翔体を、5日後の9日には西海の亀城(クソン)で再び2発の短距離弾道ミサイルを打ち上げた。2017年11月29日に「火星15」型を通じて大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射能力を確保したことを実証してから1年5カ月ぶりに武力挑発に出たのだ。
ハノイの決裂を「次回協議のための一時的な困難」と受け止めていた韓米と違って、“孤立した”北朝鮮の戦略的評価は深刻になるしかなかった。ハノイ会談が終わった後、北朝鮮が自分たちの失望を公開表明したのはまさに「その日の夜」だった。リ・ヨンホ外相は3月1日(現地時間)0時15分ごろ、宿舎であるハノイのメリアホテルに記者団を呼び、「現段階で我々が提案したことよりも(朝米間で)良い合意が得られるかどうかは言えない」という長いため息を残した。半月後の15日にはチェ・ソンヒ北朝鮮外務次官がAP通信、タス通信などを呼び集め、「米国の強盗のような立場が結局状況を危険に陥れた。我々はいかなる形であれ、米国と妥協するつもりはない」と宣言した。これまで好意的に見てきた韓国の役割についても「米国の同盟である南朝鮮は仲裁者ではなくプレーヤーだ」と冷淡に評価した。
北朝鮮がハノイ以降、修正された対外戦略を公開したのは、4月の最高人民会議第14期第1回会議を通じてだった。金正恩(キム・ジョンウン)委員長は会議2日目の12日の施政演説で、ハノイで米国が見せた態度を「先に武装解除、後に制度転覆という野望を実現する条件を作ろうとした」と評価し、「米国がわが国の根本利益に反する要求を何らかの制裁解除の条件として掲げている状況で、我々と米国の対峙はいずれにせよ長期性を帯び、敵対勢力の制裁も続くことになるだろう」と見通した。その一方で「年末までは忍耐強く第3回朝米首脳会談を行う用意がある」と微妙な余地を残したが、対話の見通しは限りなく暗かった。
北朝鮮の新たな路線は、南北関係に二つの衝撃を予告していた。まず、北朝鮮が米国の制裁を「常数」と考えると明らかにしたことで、寧辺(ヨンビョン)核施設と国連安保理の主な制裁を交換するというハノイ会談の「交換公式」は廃棄されたも同然だった。金委員長は3カ月前の1月、新年のあいさつで「わが全民族が北南関係改善の恩恵を受けられるようにしよう」とし「何の前提条件や対価なしに開城(ケソン)工業地区と金剛山観光を再開する用意がある」という意思を明らかにしていた。しかし「自力更生」を新たな路線として掲げた以上、南北経済協力の必要性は大きく減ることになった。次に、北朝鮮が「制裁解除」の代わりに「敵対視政策の撤回」を新たに要求したため、韓国の新型兵器導入や韓米合同軍事演習などの動きに敏感にならざるを得なくなった。これを証明するかのように、北朝鮮は4月中旬からF35の導入(4月13日)、韓米合同空中演習(4月25日)、韓米合同軍事演習(4月27日)などに対する非難の水位を高め、8月になると「チョン・ギョンドゥ(国防長官)のような笑わせる者」という暴言を吐くにようになる。
この2つの変化は、韓国の外交力の「急激な萎縮」という連鎖効果をもたらした。日米はこの微妙な変化を鋭くとらえた。ジョン・ボルトン前大統領補佐官(国家安保担当)は回顧録で、米国が4月11日の韓米首脳会談や5月7日の電話会談などを通じて「ハノイ以降、南北間にどのような実質的な会合」もなかったし、「文在寅と金正恩の連絡が途絶えた」という事実に気づいたと明らかにした。日本の反応はより劇的だった。日本はこれまで日朝対話の接点を見出すために「好むと好まざるとに関わらず」韓国に支援を求めてきた。しかし5月6日、ドナルド・トランプ氏との電話会談後、日本の安倍晋三首相は記者団に対し「北朝鮮への対応に関してはすべての面でトランプ大統領と完全に一致している。(中略)私自が、条件をつけずに金正恩委員長と向き合わなければ」と述べた。北朝鮮との関係構築で、韓国を飛び越え金正恩委員長と「奇妙なブロマンス」を誇示するトランプ氏の助けを得るという方向転換だった。さらに安倍首相は27日に東京を国賓訪問したトランプ氏と、拉致被害者の横田めぐみさんの母である早紀江さんら家族会の関係者の面会を取り持った。世宗研究所のチン・チャンス日本研究センター長は2019年12月の報告書「2019年韓日関係の評価と2020年展望」で、安倍首相が「条件なき対話」に言及したことについて「伝統的な『ツーコリア』(南北を仲違いさせ利益を取る)政策への転換を暗示する」ものと評価したが、これは卓見だと言える。
これとともに、韓日対立の核心懸案である強制動員被害者への賠償問題でも、強硬な立場へと旋回を始めた。日本政府は5月20日、ナム・グァンピョ駐日韓国大使を招いてこの問題を「外交協議」で解決するという従来の方針をあきらめ、韓日請求権協定第3条2項に規定された「仲裁」(3人で構成された仲裁委員会に判断を任せること)手続きに従うことを要求した。外交協議が「話し合いで円満に問題を解決しよう」というものだとしたら、仲裁は「法に任せよう」という警告といえる。そのためか、翌日午前10時30分に始まった河野太郎外相の記者会見は、文大統領の名まで口にする好戦的な内容になった。「1月9日、韓国に対して請求権協定に基づいた協議を要請した。(中略)その後4カ月以上待ってきた。我々もこれ以上待つことはできないため、仲裁要請通告をするに至った。(中略)韓国でも日韓関係をこれ以上悪化させることは望ましくないものと考えているだろうから、文在寅大統領が韓国政府の代表として明確な責任を持って対応してほしい」。売り言葉に買い言葉で、険しい言葉の応酬は2日後の23日にフランス・パリで開かれた韓日外相会談につながった。80分間続いたこの日の会談で、外交部のカン・ギョンファ長官は「慎重な言行の重要性を強調」して強く対応した。
文在寅大統領の関心は、依然として6月28~29日に大阪で開かれる主要20カ国(G20)首脳会議を終えて韓国を訪問するトランプ氏の日程に合わせ、現在の「膠着局面」を突破しうる「外交イベント」を作ることに焦点が合わせられていた。文大統領は、可能な限りすべての発言の機会を活用し、第4回南北首脳会談と第3回朝米首脳会談のの焚き付けに奔走した。ボルトン前補佐官の言及通り、この時期、南北間には意味のある意思疎通はなかったが、米国のジャーナリストであるボブ・ウッドワードの著書『怒り(RAGE)』によると、トランプ氏と金正恩氏は第3回会談に関する肯定的なメッセージの書かれた親書を取り交わしていた。トランプ氏の訪韓を控えた6月26日、文大統領が世界の6大ニュース通信社の書面インタビューで「朝米間で3回目の首脳会談に対する対話が行われている」というニュースを伝えると、クォン・ジョングン北朝鮮外務省米国担当局長は27日の談話で「南朝鮮の当局者がいま現在北南の間でも様々な交流と水面下の対話が進められているように広告しているが、そんなことは一つもない」と反論した。
当時、政府が韓日の懸案解決の期限として念頭に置いていたのは、大阪でのG20首脳会議だった。韓国政府が「強制徴用判決問題、わが政府の立場」という1枚の報道資料を出したのは、日本が要求した仲裁委設置期限を1日超えた6月19日だった。外交通商部はこの資料で、「訴訟当事者である日本企業を含む韓日両国の企業が自発的な拠出金で財源を造成し、確定判決を受けた被害者に慰謝料の相当額を支給する」という妥協案を提示した。
この発表を聞いた日本は驚愕した。「最高裁(大法院)判決の履行を前提としているため受け入れられない」とて日本政府がこれまで反対し続けてきた案を、韓国が一方的に公開したからだ。わずか2日前の17日、日本外務省の秋葉剛男事務次官は極秘で東京を訪れたチョ・セヨン外交部第1次官が持ってきたこの案をその場で拒否していた。安倍首相は韓国の動きを、G20首脳会議の時に首脳会談ができなかった責任を安倍首相自身に転嫁しようとする「小賢しい手」と受け止めた。これを立証するかのように、文大統領は26日、メディアのインタビューで「最近、韓国政府は徴用問題に対する現実的な解決案を日本に伝えた。G20の機会を活用できるかどうかは日本にかかっている」と述べた。韓国の案を受け入れ、首脳会談をするならして、しないならやめようという態度だった。結局、安倍首相が28日、会議に出席した各国首脳を出迎える中で、韓日首脳は8秒ほどぎこちない握手を交わした後で別れた。
それから2日後の30日、板門店(パンムンジョム)で史上初の南・北・米首脳のサプライズ会談が実現した。この出会いは感動的な場面を作り出したが、対話の進展に向けたどのような成果があったのか極めて不透明だった。7月1日付の朝日新聞は、「板門店での会談によって得た成果は、北朝鮮が嫌がっていた実務者協議の再開」と皮肉り、日本経済新聞は「両首脳が膝を突き合わせて話しても、実務者協議の再開しか決まらなかった。具体的な進展は何もなかった」と評価した。
この感動的で混乱した外交イベントが終わった翌日、日本はついに韓国のわき腹を鋭い刃で刺すことを決心する。(続)
キル・ユンヒョン|統一外交チーム長。大学で政治外交学を専攻。駆け出し記者時代から強制動員の被害問題と韓日関係に関心を持ち、多くの記事を書いてきた。2013年秋から2017年春までハンギョレ東京特派員を務め、安倍政権が推進してきた様々な政策を間近で探った。韓国語著書に『私は朝鮮人カミカゼだ』、『安倍とは何者か』、『26日間の光復』など、訳書に『真実: 私は「捏造記者」ではない」(植村隆著)、『安倍三代』(青木理著)がある。