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[寄稿]北朝鮮に対する韓・米の「高慢と偏見」、朝鮮半島の悲劇

登録:2020-11-16 09:40 修正:2020-11-16 12:09
朝鮮半島で高慢と偏見は悲劇に終わる。2019年は高慢から始まり、2020年には報復で幕を下ろすという悲劇が繰り広げられた。リジーと再び紆余曲折の末、リジ―とダーシーは紆余曲折の末、高慢と偏見を克服して結婚に成功する。北朝鮮に対する韓国と米国の高慢と偏見を超えて、敵対関係を終わらせることができない理由は何だろうか。

 「高慢は欠陥でしょうか、美徳でしょうか」

 小説『高慢と偏見』(Pride and Prejudice)で、リジ―(エリザベスの愛称)はダーシーにずばりと投げかける。作家ジェーン・オースティンの「ことばの錬金術」が光る文だ。英語でプライドは自負という意味とともに高慢という意味もある。その隙間を正確に狙った質問だ。主人公のフィッツウィリアム・ダーシーは高慢で富裕な紳士、リジ―・ベネットは偏見のために愛を見分けられないヒロインとしてよく語られる。しかし、作家はすべての登場人物に高慢と偏見が内在しているだけでなく、高慢と自負心、偏見と愛は紙一重より微妙な差でありうるということを遠まわしに語ろうとしたのではないだろうか。

 米国の大統領選挙が終わるやいなや、韓国では「3期目」の論議が熱くなっている。バイデン政権が第3期オバマ政権になるという意見が台頭すると、第3期クリントン政権になるという反論も少なからず持ち上がる。第3期オバマ政権から始まり、第3期クリントン政権に回帰するという複合論も登場した。バイデン候補の対北朝鮮政策の公約が短く抽象的であるうえ、次期政府の人事は始めることもできていない状況なので、「第3期」説は事実に基づいた分析というよりは希望に基づいた推論に近いだろう。そのような論説に、高慢と偏見が染み込んではいないだろうか。あるとすれば、それは欠陥だろうか、美徳だろうか?

 「第3期」説はすべて米国の行政府だけに注目したものだ。それは偏見だ。その相手である北朝鮮を考慮していないからだ。北朝鮮はすでにクリントン元大統領の時代を超えただけでなく、オバマ時代からも質的な変化を遂げた。国際社会の認定とは関係なく、実質的な核兵器保有国となった。2017年の6回目の核実験が核分裂だったのか核融合だったのかをめぐって若干の不確実性が残っただけだ。同様に、2017年に実施したミサイル発射実験で大陸間弾道ミサイルの能力も否定できなくなった。今年10月の軍事パレードで見せたミサイルが多弾頭体なのかをめぐって若干の不確実性が残っただけだ。北朝鮮は自ら米国の核軍事力を抑制できる軍事力を確保したと主張し、今は米国の経済制裁を突破する経済力の向上に邁進している。過去の合意と政策はすでに有効期限が切れている。次期米政府は、「第3期オバマ政権」でも「第3期クリントン政権」でもなく、新たな政策を取らざるを得ない状況だ。偏見は決して美徳ではない。

 オバマ政権の北朝鮮政策を、通常「戦略的忍耐」と言うが、正確な名称ではない。北朝鮮をあるがままに忍耐したどころか、北朝鮮の崩壊のために積極的に現状変更を追求したからだ。そしてこれは、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政権の高慢さがそのまま反映された政策だった。金正日(キム・ジョンイル)政権が近く崩壊し、統一が泥棒のように訪れるという高慢な希望だった。「史上最強」という経済制裁の強度を高めて繰り返し、「急変事態」を取り沙汰して軍事的圧迫の強度を高めた。内部で政権を崩壊させる工作も推進した。そのような高慢さの結果は、北朝鮮の強い反発を起こすだけだった。北朝鮮は、この時期だけで核実験を4回行い、ミサイル能力を急激に伸ばした。オバマの高慢、李明博・朴槿恵の高慢が生んだ惨憺たる結果だ。

 トランプ政権が首脳会談を通じても北朝鮮を非核化させることに失敗したというのは、また別の偏見だ。首脳会談をしたにもかかわらず北朝鮮の核武装は続いたが、首脳会談がない時も北朝鮮の核武装は続いた。首脳会談がなかったにもかかわらず北朝鮮が核活動を凍結し無力化した時もあった。首脳会談の有無は、北朝鮮の核活動を決定する独立変数ではない。トップダウンかボトムアップかという政策決定の方式も重要な変数ではない。形式に対する執着は問題の本質を曇らせる偏見にすぎない。

 朝鮮半島で高慢と偏見は悲劇に終わる。2019年は高慢から始まり、2020年には報復で幕を下ろす悲劇が繰り広げられた。ハノイでの朝米首脳会談でトランプ政権は「最大の圧迫」で北朝鮮の屈服を引き出せるという高慢さを見せ、北朝鮮が経済制裁解除を要求するのはそれだけ北朝鮮が焦っているという反証だという偏見を示した。その高慢と偏見は今年10月、「超大型ICBM(大陸間弾道ミサイル)」となって戻ってきた。北朝鮮は寧辺(ヨンビョン)と東倉里(トンチャンニ)閉鎖の提案を拒否されたことに報復するかのように、同年12月、東倉里で「重大な試験」を2回実施し、寧辺では核物質生産を続けた。そして労働党創建75周年の軍事パレードでその結果を見せた。典型的な復讐劇だ。

 現実とは違い、ジェーン・オースティンの小説は希望的だ。リジ―とダーシーは紆余曲折の末、高慢と偏見を克服して結婚に成功する。北朝鮮に対する韓国と米国の高慢と偏見を超えて、敵対関係を終わらせ、朝鮮半島和の平体制をつくれない理由は何だろうか。

//ハンギョレ新聞社

ソ・ジェジョン|日本国際基督教大学・政治国際関係学科教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/970008.html韓国語原文入力:2020-11-16 02:40
訳C.M

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