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[寄稿]光化門の戦車と景福宮のBTS

登録:2020-11-12 09:15 修正:2020-11-12 12:40
チョン・ビョンホの記憶と未来
1972年10月17日、ソウル光化門前に登場した戦車=ハンギョレ資料写真//ハンギョレ新聞社

 光化門(クァンファムン)の前に戦車が停まっていた。長い砲身と機関銃は広場を向いていた。景福宮の塀に沿って兵士たちが着剣した銃を持って立っていた。1972年10月17日、高校2年生だったのどかな秋の朝、登校中に遭遇した「10月維新」の初日の風景だった。最初の休み時間に友達に話しかけた。「光化門の前の戦車を見たかい?かっこいいよな!」。そのうちの一人が情けないというふうに言った。「民主主義が死んだのに、何がかっこいいんだ?」急に恥ずかしくなった。

 その後は授業の内容が耳に入ってこなかった。頭の中で「民主主義が死んだのに…」という言葉がぐるぐる回った。何が起こったのだろう?「統一」のために「維新」をすると聞いた。数日前から南北会談が繰り返され、統一への期待が高まっていた。それでも「統一」のための「独裁」というのは、こじつけのように思えた。昼休みに友達と話し合った。大学がすべて休校になったので、せめて高校生の私たちだけでも考えを伝えたほうがいいという話になった。休み時間ごとに集まってきた友達は全部で7人になった。私たちは維新憲法に反対する印刷物を作り、校内に配った。数日後に逮捕され、鐘路警察署の留置場、首都警備司令部の憲兵隊を経て、西大門拘置所にも入ることになった。維新の冷たい風が吹いていた西大門は寒く、暗く、怖かった。天真爛漫な私の少年時代は、このようにしてあっという間に終わった。

 1972年12月27日、韓国の「維新憲法」と北朝鮮の「社会主義憲法」がこの日公布された。韓国の維新体制の大統領と北朝鮮の唯一体制の主席は、こうして並んで一対となった。互いに相手のせいで独裁体制が必要だと主張した。終身権力である指導者の周辺で特権を享受し続けようとする人々は、権力者の息子と娘を未来権力としてあおいだ。

 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)と金正恩(キム・ジョンウン)は、まさにそのようにして現れた世襲権力だ。金正日後継構図が本格化した1970年代初めから、北朝鮮では多くの本が禁書となって消え、広く歌われていた歌が禁止曲になり、服装や頭髪に至るまで生活検閲も強化された。どこか見慣れたものではないか?自由民主主義の韓国でも、維新時代に私たちが経験した独裁権力の統制方式だ。

 イメージを操作する「象徴政治」も推進された。「朝鮮式社会主義」北朝鮮と「韓国的民主主義」韓国の両方が、忠孝思想を強調した。北朝鮮では金日成(キム・イルソン)の妻キム・ジョンスクが「朝鮮の母」として、韓国では朴正煕の妻ユク・ヨンスが「慈愛の国母」として崇められた。韓国の朴槿恵(パク・クネ)はユク・ヨンスの死去以後、22歳の時にファーストレディの役割を代行し、儀典序列2位の中核の象徴となった。忠孝を強調する「セマウム(新しい心)運動」全国大会を行うとき、年若い「令嬢」に校長先生は90度の敬礼をし、おばあさんたちは突っ伏してお辞儀をした。南北の権力集団は敵対的に共存し、特権を世襲した。

 決定的な分岐点は韓国の民主化だ。韓国の市民社会は独裁体制に絶えず抵抗し、1980年代末から権力交代が制度化された。2012年の選挙に権力機関が介入して朴槿恵が大統領に当選しもしたが、特権配分と権力乱用の末に結局、ろうそくの革命で弾劾された。韓国はそのようにして政治的権力世襲の輪を断ち切った。

 2020年10月の晴れた秋の午後、光化門前で守門将の交代式を見守っていた。色とりどりの旗を持って伝統軍服を着た軍人たちが動作をする度に、取り囲んだ外国人の若者たちが拍手を送った。BTS(防弾少年団)の景福宮のミュージックビデオを見てきたと言い、「かっこいい」と言った。半世紀前、その場で戦車を見て「かっこいい」と言った子どもの頃を思い出した。

 これだけ変わった歳月を振り返ってみると、その一つひとつの変化は自然になされたことではなかった。レコード事前審議制が今もあったなら、BTSの歌とダンスをどのように見ただろうか。ブラックリストに名前が載っていた人々は『パラサイト』のような映画を作ることができず、ドラマ『愛の不時着』は“敵を利する表現物”として処罰されただろう。民主化は事件ではなく過程だ。政治体制の変化だけを意味するのではない。権力によって飼いならされた心と体を目覚めさせる激しい変化の過程だ。それらすべての変化を、私たちが一緒につくり上げてきた。

 しかし、まだ終わっていない。厳然として生きている国家保安法をそのまま適用しようとする権力が蘇れば、私たちは再び検察庁と拘置所を行き来することになるかも知れない。冷たい風が吹き始めた光化門の前に立ち、裸の王様に純真な質問を投げかける人たちが果てしなく続くことを願う。ろうそくを手に、光化門広場を練り歩いていた若い学生たちのプラカードの波を覚えている。韓国の民主主義は、そのように世代を超えて蘇る純真な心が共に作っていかなければならない。

//ハンギョレ新聞社

チョン・ビョンホ|漢陽大学文化人類学科名誉教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/969513.html韓国語原文入力:2020-11-12 02:38
訳C.M

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