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[寄稿]台風19号

登録:2019-10-27 16:42 修正:2019-10-28 09:27
台風19号//ハンギョレ新聞社

 久しぶりに古い友人Dさんから電話がかかってきた。「大丈夫? ボランティアに行ってあげようか?」という。どうやら台風19号の水害を心配して連絡をくれたようだ。いかにも彼らしい親切な申し出だが、今のところ私には必要ないからと礼を言ってお断りした。

 私はこの数年、生活の大半を長野県のある地方で過ごしている。森の中に別荘兼作業場があり、原稿仕事は主にそちらでしているのだ。台風19号は日本全国に猛威を振るったが、長野県にも大きな被害を与えた。私の住む中部地方にも被害があったが長野県の被害は北部地方に集中した。北陸新幹線の車両基地が水没している映像を見た人も多いだろう。Dさんもそんなニュースを見て心配してくれたのである。あれから1週間になろうとするがまだまだ復旧にはほど遠く、行方不明者の捜索もまだ続いている。

 Dさんは東京都内で焼き肉店を経営する在日同胞である。知識欲が旺盛で政治に関してもはっきりした自分の意見を持っている。若い時には在日同胞系の小さな新聞社で活字を拾う(この表現が今の人たちに通じるか?)仕事をしていたが、それでは食っていけなくなって焼き肉店を始めたのだ。済州島出身のお女将さんは働き者で性格も明るく、料理の腕前は絶品だ。半年ほど前に店を訪ねたら、店を手伝っている息子はいつの間にか40歳くらいになっていて、孫が元気に飛び回っていた。勤勉で正直な庶民である。

 台風19号は日本に接近するかなり前から非常に猛烈な勢いであるとして警戒されていた。ひと月ほど前に台風15号による大きな被害があり、まだ壊れた家屋の修理にも手がついていない状態だった。19号は15号よりもはるかに勢力が強く、「観測史上最高の」とか「未曾有の」とかいう形容が飛び交い、「直ちに命を守る行動をとるように」という警告が流され続けた。被害の全貌はまだ明らかになっていないが、最新(NHK10月13日)の情報では、死亡者79名、行方不明11名、堤防決壊は71河川128ヶ所にのぼるという。鉄道、道路、上下水道などインフラへの被害も甚大で完全復旧には相当な時間がかかると見込まれる。

 私と妻は台風の襲った夜は長野県の家で大雨の音をじっと聞きながら不安のうちに過ごした。実は昨年も強い台風に直撃され、隣家の高い木がわが家に倒れて、屋根を壊した。長く住んでいて、そんなことを経験したのはこの時が初めてである。かなりの費用を使ってその屋根の修理が終わって、まだ数ヶ月しか経っていないのだ。勤務があるので、15日にクルマで東京に向かった。ところが高速道路は土砂崩れのため通行止め、復旧に1週間以上かかるという。念のために調べると鉄道も事情は同じだった。仕方ないので高速道路で行けるところまで行き、そこからは一般国道を通ることにしたのだが、一般国道もあちこちで通行止め、狭い峠道をたどって東京に帰った。それでもいつも2倍程度の所要時間で帰れたことは予想外の幸運だったというほかない。

 台風の多い日本という場所で70年近く生きてきた私の実感でも、明らかにこの数年、台風や豪雨の被害が増している。その大きな原因は、地球温暖化とりわけ海水温度の上昇にあると言われている。

 「あなたたちが話しているのは、お金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。恥ずかしくないんでしょうか!」 9月23日、ニューヨークで開かれた国連気候行動サミットでスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさん(16)はこうスピーチした。このスピーチは世界に衝撃を与え、多くの人々(特に若者)が呼応して街頭に出て訴えた。だが、ロシアのプーチン大統領は「グレタさんに現代世界は込み入っていて複雑であるということを話してやる人が誰もいない」と批判した。トランプ大統領も「彼女は明るくて素晴らしい未来を見つめるとても幸せな少女のようだ。とてもうれしい」とツイートで揶揄した。石炭火力発電所を増設しようとしている日本では全般的に関心が薄く、冷笑的な反応も見られる。「16歳の考えに世界が振り回されたらダメだ」「洗脳された子供」などである。インターネット上ではこれ以上にひどいコメントが乱舞している。グレダさんに対して「精神的に病んでいる」という心ない非難があるが、「病んでいる」のは誰なのか? 恥を知るべきなのは誰なのか? 私は恥ずかしい。地球環境問題にこれといった貢献もできない自分、そしてこのような恥知らずな大人たちを闊歩させている無力な自分が。

 今回の台風19号に関連して二つ、お知らせしておきたいニュースがある。一つは台風が猛威を振るっていた最中の12日、東京都台東区が設けた避難所に身を寄せようとした野宿者2名が入所を拒まれたという件だ。避難所の入り口で職員から氏名や住所の記入を求められた野宿者男性はありのままに「住所がない」と答えた。すると、避難所は区の住民が対象、住所不定の方はお断りと告げられたのである。この件はのちに市民団体などから抗議を受けたが、一般人の中からは「税金も納めていないのに」という声も上がっている。ある芸能人はテレビ番組で、「普段は屋根のないところで暮らしているのに、災害の時だけは屋根の下というのは不公平」と発言した。ここには庶民の道徳観を「きれいごと」「偽善」として嘲る悪しき風潮が如実に現れている。誰しも聖人でない以上は、狭い空間に身なりも不潔な見知らぬ人が入ってくると内心では困惑するだろう。しかし、その本心を恥じらいもなくあからさまに公言すること、そのことによって傍観者たちから喝采されて悦に入ることとは全く別だ。その本心を自ら抑えて、この弱者を招き入れ、一杯の水、一杯のカップ麺なりとも分かち会うことができないのか。それができなかったら、せめてそういう自分を恥ずかしいと思えないのか。このように人倫の基本が崩れてしまった醜い社会を見るのはほとほと憂鬱である。

もう一つのニュースは、台風19号通過後の14日、東京都日野市の多摩川河川敷で路上生活者とみられる男性の遺体が見つかった、18日現在、今回の台風災害で東京都内唯一の死者とみられる、というものだ(毎日新聞10月19日)。被害統計数値にはただ「1」としか記入されないこの死者は、豪雨のため濁流と化した川の中州で、屋根も傘もなく、上半身裸の姿で溺死していたのである。

徐京植(ソ・ギョンシク) 東京経済大学教授//ハンギョレ新聞社

 私はこのようなニュースに接するたびに想う。その避難所で氏名・住所を書けと要求された人物が外国人だったらどうだろう? 日本人には見なれない氏名、たどたどしい日本語、住所も定まらない人物だったら? 私の憂鬱な想像は、1923年の関東大震災の際に、自警団に呼び止められ、発音しにくい「15円50銭」という言葉を言わされて、それがうまく言えなかったために虐殺された朝鮮人や中国人のことに向かう。

気象の専門家たちは、今後もこのような災害はますます激しくなって続くだろうと予想している。私が感じている脅威は自然災害に対するものだけではない。野卑で差別的な人間たちに対するものでもある。東京の下町で数十年間勤勉に暮らしている、あの人のよいDさん一家はそんな時どうなるだろうか? こんな心配は杞憂だと思いたいが、残念ながら、そう信じることができないのである。

徐京植(ソ・ギョンシク) 東京経済大学教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/914461.html韓国語原文入力:2019-10-24 16:35

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