登録 : 2016.01.06 09:46 修正 : 2016.01.06 09:53

チェ・テウォンSK会長(左)と夫人のノ・ソンヨン・ナビアートセンター館長//ハンギョレ新聞社
 映画やドラマで実話が使われることは多々あるが、漫画や連続ドラマの一場面を切り取ったような事件も、実際によく起きる。昨年の年末に集まりがある度に話題になったチェ・テウォンSK会長の不倫告白が、まさにそれだ。長い間関係をもった内縁の女性との間に婚外子までもうけていたと自ら公開し、妻と離婚したいと明らかにしたのだから、お茶の間ドラマ以外のなにものでもない。それもそのはず、今放映されている週末連続ドラマには、不倫を犯した夫が妻の面前で「この人を消し去ってくれ」と離婚を求める場面があったという。夫が浮気しても家庭を守ろうとする妻のキャラクター、巨万の財産と財閥の後継問題まで描写される陰謀論の類も、不倫や財閥が登場するよくあるマッチャンドラマ(最悪の人間関係を繰り返す大衆ドラマ)の構図に似ていた。

 ケチをつけながら見るマッチャンドラマのように、チェ会長の不倫は日常の出来事、既成事実になってしまったようだ。チェ会長夫婦の離婚も、チェ会長の思い通り「時間をかけて対話で解決する」問題になんとなく落ち着いた。不倫公開直後、SK系列会社の株価が一時急落したが、4兆ウォン(約4千億円)台と言われるチェ会長の持ち株やグループ内の地位は不動だ。2013年に国家情報院の大統領選挙介入疑惑の捜査を指揮していて、突然降って湧いた婚外子問題で一瞬にしてすべてを失い、今も隠遁しているチェ・ドンウク元検察総長とは境遇があまりに違う。長期間の浮気と婚外子をもうけたという点では同じなのに、いったい何が違うというのか。まさか率直に告白したからではないだろう。月給取りの境遇ならどんな権力エリートであっても、生まれながらの帝王的権力を享受する財閥とはそもそも比較にならない。不道徳だからといって彼を地位から引きずり下ろすことなど誰にできるだろうか。

 「帝王は無恥」、つまり王は恥を知らないと言われる。唐の玄宗が22歳の妃を楊貴妃として擁した頃に口実にされたという。チェ会長も今回の出来事を恥じたりしてはいないようだ。「嘘をつくな」という宗教的信念で“率直”に打ち明けすっきりした雰囲気までもあると伝わる。こうして彼自身の過ちは簡単に薄まっていく。

 しかし帝王の無恥は、淫らな男女関係を正当化したり、何をしてもかまわないという意味の言葉ではない。帝王は何でもできるから自ら恥や躊躇いを失くさねばならず、そのためには常に最善の決定をするよう努力しなければならないという意味が優先される。朝鮮の王が、日常の言動の一つひとつが記録されるのはもちろん、用便や寝床さえ様々な人の監視の下で行わねばならなかったことを指し、帝王の無恥と語られる。それは王が、恥や秘密あるいは私的なこととは関係のない、全面的に功績である存在だったためだ。公の化身である王は自らの言動を慎み、すべてのことで私的であってはならなかった。

 そんな君主制の基準からすれば、チェ会長は“無恥”とはほど遠い。出張の途中にこっそり犯した浮気が「漢南(ハンナム)洞の奥様」と半ば公然となる間、会社や関連会社の資金で密かに浮気の費用に当てていたなら、公的資源を私的に使ったことになる。チェ会長は以前も会社の巨額の資金を引き出して大型のギャンブルに近い冒険的個人投資に使ったため、実刑を受けた。チェ会長側は否定するものの、その時も外部の人たちに振り回されたのだが、今回は内縁の女性だ。企業内で帝王的権力を享受することはあれ、恥ずかしくない行動をとるべき公人の姿勢は見られない。そんな人が国民経済に甚大な比重を持った財界序列3位の財閥を導いている。

 まして今は君主制の時代ではない。財閥会長だからといって何の責任も負わない存在であるはずがない。チェ会長の不倫告白の帰結によっては、不道徳が容認される誤った信号になる危険もある。今は個人の幸福追及権より、恥じを知らない力ある者の逸脱が問題だ。

ヨ・ヒョンホ論説委員(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-01-05 22:05

http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/724781.html訳Y.B

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