登録 : 2015.10.16 01:37 修正 : 2015.10.16 06:56

 映画『暗殺』で抗日独立運動陣営の主要人物として活躍し、後に変節したヨム・ソクチンは日本の密偵となって独立運動家を売り渡した。光復後、彼は大韓民国の警察幹部となる。結局、李承晩(イ・スンマン)政権が事実上解体してしまった反民族行為特別調査委員会(反民特委)でヨム・ソクチンは自分の醜い過去を華麗なる抗日闘争に脚色し、変調する。

 主人公アン・オクユンが暗殺しようとしていた親日派の巨富カン・イングクも最後の瞬間、自分の非道な民族反逆行為がすべて愛国愛族のためのものだったと抗弁する。彼も生き残っていたら、ヨム・ソクチンのように民族を救った愛国民族主義者を装っただろう。

 周知の通り、私たち(韓国)の歴史の中で、彼らは実際にそう“装った”。映画は歴史を捏造したその裏切り者たちが、結局罪過を償う事必帰正・勧善懲悪で終わるが、それはあくまで映画的想像力が作った虚構(フィクション)に過ぎない。現実には、ヨム・ソクジン、カン・イングクが大韓民国の実権を掌握して主流勢力を形成することで帰結された。

 1千万人以上がその映画を観覧したのは、映画そのもののクォリティの高さのためと思われるが、他の要素も一役買ったのだろう。映画が触れた、この歪んだ韓国現代史と、それが招いた歪んだ現実に対する大衆的な感受性、正義や義理への熱望、凝り固まった怒り、多分近現代の失敗が残した深い傷で未だに血を流している民族的エトスやパトスのようなものが。

 思いがけず起きた韓国史国定教科書をめぐる混乱は、この映画的な虚構が私たちの現実であることをもう一度思い出させた。人々は「アン・オクユン、新興武官学校出身速射砲・ハワイピストル」対「ヨム・ソクジン、カン・イング、朝鮮駐屯軍司令官・川口守」という対決構図と彼らが戦いを交えた流血の現場、その典型的でお決まりの、さらには新派調でもある歴史からまだ一歩も抜け出せずにいる自分たちを発見したのかも知れない。

 1970〜80年代の民主化闘争と冷戦の崩壊後、ヨム・ソクチン、カン・イングクたちが自分たちを「民族中興」の旗手として描いてきた偽りの叙事構造が、揺るがされた。偽りの叙事が覆い隠していた彼らのアイデンティティが再び問題になり始めたことで、彼らは不快感や不安に苛まれた。その根源的な解消策は、民主化以前に戻すこと。そして突き出てきた偽りの叙事に対する批判や歴史の見直しの動きを民族と国家を否定する「自虐史観」として罵倒し、再び葬ってしまうのだ。左右の“理念対立”は、それを隠すためのレトリックにすぎない。

 自虐史観を口ずさむ人たちの「歴史の再転覆活劇」にはオリジナルがある。東京大学教育学部教授出身で、1990年代の初め、冷戦の崩壊以降、日本の「反動的回帰」に理念的基盤を提供した藤岡信勝の「自由主義史観」だ。

 その自由主義史観によると、日本軍慰安婦強制連行、南京大虐殺などは捏造もしくはとんでもない誇張であり、日本の侵略戦争は、アジア諸国を西欧帝国主義の侵奪から救い出したアジア民族解放戦争となる。

ハン・スンドン記者 //ハンギョレ新聞社
 1990年代初め、冷戦と「一等国日本」の神話が崩壊した後の衝撃の中で、藤岡氏はいわゆる「東京裁判史観」や「コミンテルン史観」を「自虐史観」あるいは「暗黒史観」と規定する。彼はそれらと「大東亜戦争肯定史観」を対比させてから、その両極端を止揚したものとして「自由主義史観」を宣言する。

 一言で言えば、天皇主義者たちと自民党が作った日本と日本の歴史を肯定して誇りに思い、暗い過去は忘れてしまおうということだ。反対する者やマイノリティは「非日本」として罵倒され、排斥されて脅迫される。韓国史国定教科書はその発想と推進方式まで、日本のオリジナルそのものだ。

ハン・スンドン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-10-15 21:17

http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/713100.html訳H.J

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