登録 : 2015.07.09 09:20 修正 : 2015.07.09 11:59

 セヌリ党のユ・スンミン院内代表(党幹事長に相当)が8日、院内代表を辞任した。朴槿恵(パク・クネ)大統領が国会法改正案に拒否権を発動し、ユ・スンミン院内代表の首根っこを押さえて「自分の利益だけを考える背信者」との烙印を押して2週間後のことだ。形式としては自主的な辞任だが、事実上の大統領による与党院内代表の政治的粛清だ。こうして私たちの政治は、1970~80年代に大統領が党総裁を兼ね党を思うままに操った権威主義の時代に逆戻りしてしまった。いくら社会の各分野で退行と反動が日常化した時代に住んできたとはいえ、数十年かけ少しずつ進展させた政党民主主義が一瞬にして軍事独裁時代に戻ってしまうのは驚くべきことだ。

 ユ・スンミン院内代表は辞任記者会見でこう述べた。「普通ならとっくに投げ出した院内代表の座を、最後まで諦めなかったのは、私が守りたかった価値があったためです。それは法と原則、そして正義です。私の政治生命をかけ『大韓民国は民主共和国』であることを明らかにした私たちの憲法1条1項の至厳な価値を守りたかったのです。今日が多少混乱して不便ではあっても、誰かがその価値にすがって守ることにより、大韓民国は前に進めると考えました」

朴槿恵大統領が8日昼、大統領府で開かれた全国市長、郡守、区庁長との昼食会で、地方自治20周年動画を見ている=イ・ジョンヨン先任記者//ハンギョレ新聞社

■ 大統領に粛清されたユ・スンミン院内代表

 彼の辞任会見文を読み、この国が果たして民主共和国であるのか、私たち自らに問い直す。大統領が国会多数党の院内代表を、自分が気に入らないからと追い出す体制が本当に民主主義であるのか、改めて問い直さざるをえない。大統領制とは、三権分立と国会による行政府牽制という大きな柱の上で誕生した政治体制である。これを否定する瞬間、大統領制の基盤である民主主義は根こそぎ崩れてしまう。立法府の制度的牽制を受けない国家元首とは、それこそ中世の王となんら変わらない。 だからこそ、1987年の6月抗争以来の私たちの政治史は、大統領による政権与党の支配を終わらせ、立法府に対する行政府の絶対的優位を除去するための過程だったと言っても過言ではない。

 朴大統領はユ・スンミン院内代表を追い出す名分として「国民のための政治をしていない」という話を持ち出した。しかし、歴代のすべての権力者は、暴君や独裁者までもが、自分の野心を貫徹するための方便として「国民」を前面に打ち出した。1961年の5・16クーデターや1980年の5・17クーデターの主役も「国民の意思」を名分に掲げたことを私たちは記憶する。それほど食欲なまでに「国民」と「民心」をいつも盗用されるので、権力を分散させ、選挙を通してのみ国民の意思を問えるように制度化した装置が、他ならぬ民主主義である。「大韓民国は民主共和国だ」という憲法第1条1項は、まさに私たちがこのような制度の軸の上に常に立っていることを指摘している。

 朴大統領はこれを無視した。民主主義の基本原理である三権分立を捨て、王に次ぐ帝王的大統領の覇権的形態だけを追求した。その結果、邪魔だと思う与党院内代表を追い出すことには成功したかも知れないが、政党民主主義の価値は無残に踏みにじった。160人に達する与党の国会議員を思い通り服従させたかも知れないが、それをはるかに上回る党員と国民の信頼を失う可能性が高い。刹那の勝利が残る任期の安定的運営を保障することはないだろう。

セヌリ党のユ·スンミン院内代表が8日午後、国会政論館で開いた記者会見で「私の政治生命をかけて『大韓民国は民主共和国』と宣明した憲法1条1項の至厳なる価値を守りたかった」という辞任会見文を読みあげながら固い表情を浮かべている=キム・ギョンホ先任記者//ハンギョレ新聞社

■ 自ら大統領の僕となる金武星代表

 こうした事態を迎えることになったのは、朴大統領同様に金武星(キム・ムソン)党代表の責任が大きい。金武星代表は終始一貫して日和見主義的な身の振り方をとり、ついに「党の分裂を防ぐため」との名分でユ・スンミン院内代表を追い出す役割を担った。これではかつての軍事独裁時代の任命職の党代表と変わらないではないか。

 金代表はちょうど1年前、親朴槿恵系議員の要となるソ・チョンウォン議員を破り党代表に選出された。その時彼は「党員と国民が主人になる政党民主主義を確立し、公認権を国民に委ねる」と約束した。しかし近頃のセヌリ党を見ていると、党員・国民を口にするのが決まり悪いくらい大統領の前でひれ伏す後進的政党の姿を露わにしている。こんな状態でオープンプライマリー(完全国民選挙制)を導入したところで何の意味があるのか。朴大統領が来年の総選挙の公認権を素直に渡すと期待すること自体が純真な発想だ。金武星代表は「大統領の言われる通りにする与党代表」と評価されることはあっても、自ら政治的運命を切り開く政治家の隊列には決して加われないことを見せつけた。

 セヌリ党議員らも卑怯だった。自分たちが選んだ院内代表が大統領の一言で追い出されるというのに、投票どころか拍手で通過させるのだから、国民を代表する国会議員としての姿勢が疑わしくなる。ウォン・ヒリョン済州道知事やクォン・ヨンジン大邱(テグ)市長は「ユ・スンミン追放」の不当さを指摘はしたものの、憲法機関である国会議員が自らの憲法的権利と権威を守ることができないとは呆れて言葉も出ない。大統領を前に身動き一つできないでいながら、総選挙になれば再び「国民の代表者」を自認する自己矛盾を思い知るべきだ。

 最小限の憲法的価値と民主主義の原理さえ容易く破る国会議員、党代表、そして大統領を見て、韓国政治の将来が心配になるのは一部の国民だけではない。その上でユ・スンミン院内代表の辞任宣言文を読むと、保守政党にも一縷の希望と決起の可能性を垣間見ることができ、不幸中の幸いといえる。

(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-07-08 18:30

http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/699413.html?_fr=mt0訳Y.B

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