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[寄稿] 景気が支える日本政治の後退

登録:2015-05-24 23:17 修正:2015-05-25 08:23
山口二郎・法政大学法学科教授

 最近の安倍政権と自民党の権力乱用は度を超えている。ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングの東京特派員が離任に当たって、以前安倍政権に批判的な記事を書いたところ、フランクフルトの日本総領事が本社に抗議に来て、この記者について中国の回し者と侮辱したことを紹介している。教科書検定の結果が公表され、歴史の教科書では関東大震災の際の朝鮮人虐殺について、正確な数字について定説はないことがわざわざ強調されている。自民党の情報通信戦略調査会はNHKとテレビ朝日の担当者を呼びつけ、番組の中立性、正確性について糾問した。これらはいずれも4月中に起こったことである。

 今の為政者に共通するのは、極端な自己愛と、その裏返しとしての異論を持つ他者に対する憎悪である。そして、政治権力を用いて他者を消去したいという欲望をあらわにしている点で、自民党は世界標準の自由民主主義から逸脱し始めた。この党は、その名称とは正反対に、自由と民主主義の土台となる多元性や寛容を失っている。この不寛容と自己正当化は、反知性主義と結びついている。かくして、この政権は大学における教養を抹殺し、大学をひたすら利益追求に役立つ技術と人材の開発の場に造りかえようとしている。

 圧政が知識を憎むのは、古今東西共通した現象である。イギリスの小説家、ジョージ・オーウェルは、そのからくりを、「1984年」という小説で見事に描いている。この小説の舞台はオセアニアという究極の全体主義国家で、真理省という役所が歴史をすべて管理している。国民は、支配者が唱える3か条のスローガン、「戦争は平和だ。自由は隷属だ。無知は力だ」を刷り込まれる。戦争と平和、隷属と自由は反対概念だが、それを等置するという矛盾を国民が違和感なく受け入れることで、全体主義は完成する。矛盾を押し付ける言葉の使い方を、オーウェルはニュー・スピークと呼んでいる。

 オーウェルの描く世界は、21世紀の日本で実現しつつある。今、与党が進めている安保法制の議論では、テロとの戦いを想定して、他国の戦闘に自衛隊を派遣するための根拠法が、国際平和支援法と名付けられた。まさに、オーウェルの言うニュー・スピークを、政府与党が実践しているのである。安全保障だけでなく、雇用の規制緩和、女性が輝く社会の実現など、様々な課題について、安倍政権はニュー・スピークを繰り出している。

 それにもかかわらず、安倍政権と自民党に対する支持は依然として高い。4月の朝日新聞の調査では、内閣支持率は44%だった。12日に投票が行われた統一地方選挙でも、自民党は、県知事選挙、道府県議会選挙で楽勝した。日本国民は自民党以外の政党に政権を任せるつもりはないように見える。

 その理由を考えあぐねているとき、私はフルブライト留学生日本同窓会で講演を行った。私は30年近く前、フルブライト奨学金をもらって、アメリカで勉強させてもらった。私は日本の論壇では左派に位置付けられるが、基本的なスタンスはアメリカ民主党のリベラル派であり、日本の民主党をそのような路線の政党にしようと苦闘している。

 それはともかく、この講演の後のディスカッションで、日本の知的階層の現状認識を知る手掛かりを得た。留学後、経済界で活躍した年配の紳士たちは、アベノミクスで景気回復を図ることが日本の最重要課題であり、中国の脅威が高まっている今、防衛政策を強化することも当然と言った。この人々は、経済成長を進め、中国に対抗する政権がよい政権であって、その他の政治的価値の部分は重視していないわけである。知的な人々が、この反知性主義の政治を容認しているのだ。これに対して、留学後、日本の組織における性差別と戦った女性は対照的に、政治の現状への危機感を語っていた。自由民主主義からの逸脱と、戦後の平和路線の転換を彼女たちは憂慮している。

 ジェンダーが意識を規定するという一般化はできない。政治を評価する物差しとして、経済政策を重視するのか、デモクラシーの原理それ自体を重視するのかという違いが、たまたま性差と重なったのだろう。結局、日本の政治に最も影響力を持つのは、依然として、景気が良ければほかのすべてを無視する男たちということだろう。だとすると、経済状況が悪化しない限り、安倍政権は安泰ということになる。今後、政府は株価の維持のためにあらゆる手段を続けるだろう。そのことが将来どんな大きなコストを国民にもたらすにせよ。

山口二郎・法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/692584.html 韓国語原文入力:2015-05-24 18:47
(1853字)

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