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[社説] 与党に警告、野党に奮発を促した6・4地方選

登録:2014-06-05 20:31 修正:2014-06-06 06:46

 6・4地方選挙の結果、世論の尺度とされたソウル市長選挙では「新政治民主連合」が大差で勝利した。忠清(チュンチョン)圏地域もほぼ野党が席巻した。しかし京畿(キョンギ)や仁川(インチョン)など相当数の地域の広域団体長選挙は最後まで激しい混戦を行い、僅差で勝負が分かれた。結局6・4地方選挙は与野党どちらか一方が勝ったとはっきり言うのが難しくなった。それほど、選挙結果が伝えるメッセージは非常に複合的で微妙だ。

 ソウルなど首都圏で野党が勝利した意味は決して小さくない。特にセヌリ党の永遠の票田と見なされたソウル江南(カンナム)地域でパク・ウォンスン候補が初めて与党候補とほぼ対等に接戦を展開した意味は非常に大きい。与党サイドの伝統的な地盤とされる釜山(プサン)でも、セヌリ党候補は苦戦をまぬがれなかった。それだけ民心が与党サイドにきっぱりと背を向けたことを示すものだ。

 しかし別の見方をすれば今回の地方選挙は‘セヌリ党のファインプレー’とも言える。セウォル号惨事という超大型の悪材料の中でもこれだけの成績をおさめたことは驚くべきことだ。責任政治という民主主義の基本原則に照らしてみても異例だ。野党にかつてないほど有利になった選挙環境を考慮すれば、新政治民主連合がおさめた成績はむしろ期待に至らない。したがって今回の地方選挙は与党サイドの独走に‘警告と牽制’を送りながらも、同時に野党に対しても全面的な支持は敬遠したものとまとめることができる。

 今回の地方選挙を‘朴槿恵選挙’という観点から見ると、与党サイドとしては光と影が同時に伝えられた結果だ。与党は選挙終盤‘朴槿恵を守れ’を最大の選挙スローガンに掲げて同情作戦を繰り広げた。野党の‘朴槿恵審判論’に対抗したこのような選挙スローガンは、それなりに利き目があったと見られる。今回の投票者の心にはセウォル号事件で分かった現政権の無能と無責任に対する報復心理と、朴大統領に対する同情心が複雑に交錯したものと見られる。

 したがって与野党がそれぞれ今回の地方選挙をどのように受け入れるべきかも自明だ。まず与党サイドは選挙結果を謙虚な反省と省察の契機とすべきだ。全体的に見れば今回の選挙結果には朴大統領の国政運営方式に対する失望感が明確ににじみ出ている。万が一にも朴大統領やセヌリ党が期待以上にファインプレーをしたという自己満足に陥って、政府の政治に対する免罪符を受けたと勘違いしてはならない。

 朴大統領は今回の地方選挙を‘大統領から変わる’という覚悟を決める契機にすべきだ。有権者は公職社会改革だけでなく、執権勢力の改革、過去の弊害の解消だけでなく大統領府の弊害解消、国家改造に先んじた大統領改造を熱望している。手帳人事(訳注・一人で行う思いつき人事)、国政運営の独断、言われるままに動く内閣運営などを果たしていつまで続ける気なのか。セヌリ党もまた大統領府の顔色や言動におもねる態度では、もうこれ以上いられないということを今回の選挙は示している。セヌリ党はいつまで朴大統領に頼る選挙をするのか、深く考えてみるべきだ。

 野党もまた今回の選挙結果が投げかける意味を深く認識すべきだ。選挙の客観的条件は歴代どの選挙より有利だったのに、新政治民主連合は過去のどんな野党よりも無気力な姿を見せた。セウォル号事件を通じて‘手抜きばかりの朴槿恵政府’の素顔が明らかになったのに、野党は常に‘結果論’を論じるだけで、怒れる市民をきちんと代弁できなかった。選挙戦略もセウォル号審判ムード’に頼るだけで、安易な守りの姿勢で一貫した。与党が選挙終盤に‘朴槿恵を守るのか、切り捨てるのかの戦い’として選挙の争点を曇らせ本質を糊塗したことに対しても、傍観しているだけで積極的に防戦することはできなかった。選挙結果を見ると、野党が政府を牽制して審判すべきだったと思えるこれらのことを、投票の場にあげることに失敗したと見るべきだろう。信用できない野党に世論は心を開かないものだ。

 結局今回の選挙結果は与野党ともに自省と奮発を求めている。地方選挙は今後続く審判としては、その第一歩にすぎない。市民と共に息づかない限り与党でも野党でも結局は淘汰されるだけだということを、改めて振り返る契機にすることを望む。

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/640875.html 韓国語原文入力:2014/06/05 01:40
訳T.W(1882字)

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