グローバルな人工知能(AI)ブームを主導してきた米国のエヌビディア(NVIDIA)が韓国の政府と企業に26万枚のグラフィック処理装置(GPU)を供給することを決めたことで、「フィジカルAI」時代が本格化することが見通される。ソフトウェア中心のAIを脱し、ロボット、自動運転車、スマートファクトリーなど、現実の空間で作動するAIの能力を画期的に引き上げるきっかけになりうるからだ。だが、大規模な雇用の減少と雇用の不安定化、経済的不平等の拡大などの課題も同時に抱えることになる。
フィジカルAIは物理的世界で具現化される次世代AIだ。力、重力、速度などの物理環境を理解したうえで、現実において人間のように活動し、判断を下す。チャットGPTのような今の生成AIがインターネット上の情報を総合してコンテンツを生産するとすれば、フィジカルAIは現実の物理法則、物事、視覚情報などを総合して人や物事と相互作用し、能動的に行動するAIだ。人間を模すというAIの目標に一歩近づく技術だ。
エヌビディアのジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)は先月31日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の付帯行事「CEOサミット」で、「AI技術がソフトウェアの枠を越えて、物理的世界と出会うフィジカルAI時代を迎えている。ロボット産業も間もなく『チャットGPTモーメント(瞬間)』を迎えることになるだろう」と述べた。チャットGPTがもたらした生成AIブームのように、フィジカルAIが適用されたロボット産業も巨大な変革を迎えるという説明だ。同氏は今年1月に米国ラスベガスで開催された世界最大の電子見本市「CES2025」で、14体のヒューマノイド(人間型ロボット)と共に舞台に立ち、「これからはフィジカルAIの時代」だと宣言した。
フィジカルAIが適用された分野の中で最も注目を集める領域は、ヒューマノイドだ。この領域で最も頭角を現している国は中国だ。世界的な情報技術(IT)メディア「MITテクノロジーレビュー」によると、昨年の時点で世界に160社あるヒューマノイド企業のうち、60社以上が中国企業だった。シャオミ(二足歩行)、ユニツリー(ロボット犬)などが代表的な企業で、彼らは給仕や接客から公演に至るまでロボットを活用する。
米国では電気自動車メーカーのテスラ、スタートアップのフィギュアAI、グーグル・ディープマインドなどが競争している。テスラが2021年に公開した「オプティマス」は人間と同様の手足を備え、触覚や視覚センサーなどが付いている。フィギュアAIが開発したヒューマノイドは昨年、ドイツのBMWの工場に投入され、試験的に働いている。
「完全自動運転」もフィジカルAIで実現しうる分野だ。現在、テスラ車の「オートパイロット」は人間が手をハンドルの上に置いている時の補助機能であり、完全自動運転の段階には至っていない。フィジカルAIはデータをリアルタイムで収集し、道路上の他の車や人、障害物などを把握して100%の自動運転に挑戦する。
韓国は、フィジカルAI分野ではまだ初歩的な段階だ。フィジカルAIの実現のためには数多くの情報を認識するセンサー、頭脳役を果たすニューラル・プロセッシング・ユニット(神経網処理装置:NPU)、演算を高速処理するAIアクセラレータが必要となるが、ジェンスン・ファン氏が今回韓国政府と主要企業に供給を約束した通り、GPUが大量に確保されれば、韓国内のフィジカルAI開発が加速する可能性がある。
さらに韓国は、製造工場とソフトウェアの領域で強みを持つ。エヌビディアの立場からすれば、HBMからシステム半導体まで、すべての分野の半導体生産が可能なサムスン電子や、自動運転や工程の自動化を研究してきた現代自動車は、最高のパートナーとなる。また韓国は造船、自動車、各種の素材や部品に至るまで、製造業の基盤もしっかりとある。高麗大学人工知能研究所のチェ・ビョンホ教授は「韓国は製造業の基盤が崩壊した米国とは異なり、製造業が生きており、ドイツなどの製造業が生きている欧州と比較すれば自らソフトウェアを作って使うという強みがあるため、エヌビディアの立場からすれば最高の『テストベッド(実験場)』だ」と語った。
ただ、フィジカルAIが加速した際に予想される雇用問題と二極化の拡大は、解決すべき課題だ。モルガン・スタンレーは昨年、長期的に米国の40%の労働者と75%の職業群がヒューマノイドに代替されるとの見通しを示している。雇用はなくなり、フィジカルAIの主導権を握る少数の大企業のみが経済的利益を享受できるようになるわけだ。
ソフトウェア政策研究所のイ・ヘス先任研究員は、「フィジカルAIへの転換は産業のエコシステムには機会となる。特に物流倉庫などの人間が働きにくい環境では、効率的な代案となりうる」としつつも、「大企業と中小企業との協力や労働者の再教育などによって、労働市場の変化にも備える必要がある」と語った。