天文学では、生命体の存在ではなく地質学的な活動性を基準にして「生きている天体」と「死んだ天体」を区別する。
地質学的な活動性を判断する指標は大きく分けて、エネルギー源としての天体内部の熱、火山や氷の噴出などの地質活動、そして天体を保護する磁場の3つだ。
このような基準に従うと、月は死んだ天体に分類されてきた。なにより、月は地球よりはるかに小さな天体であるため、誕生初期の熱は宇宙に早期に放出され、内部の核はほとんど冷えていると推定される。今では、活発な地質活動を引き起こすに足る十分な熱エネルギーは存在しないということだ。そのため、液体状態の核が生成する磁場も自然に消失した。
月の表面にある多数の隕石のクレーターは、数十億年間にわたり何の地質活動もなく、衝突した痕跡が当時のまま保存されていることを示している。月にも地球の地震に似た月震(Moonquake)現象があるが、これは地殻プレートの動きではなく、地球の潮汐力によるゆがみや隕石衝突時の衝撃で生じるものだ。
しかし、当然と思われてきた「死んだ月」の理論に、異議を唱える研究結果が公開された。インドのアフマダーバードにある物理研究所を中心とする国際共同研究チームは最近、月の表面の活動性を示す証拠を発見し、国際学術誌「イカロス」(Icarus)に発表した。
研究チームは、月の表面に新たに岩石の落下地点をみつけ、地図を作成した後に年代測定を行った結果、月の表面はこれまで考えられていたよりはるかに活動的であることを明らかにした。
■岩石が転がり落ちて残した痕跡が明確
大きさは最大で数百メートル、重さは最大でトン単位に達するこれらの岩石は、絶壁の斜面に沿って転がり落ちた際にほこりを舞い上げ、表面に落下経路に沿った鮮明な縞状の痕跡を残した。
研究を主導した物理研究所のビジャヤン・シバプラハサム教授は「月は長きにわたり地質学的に死んだと考えられていたが、今回の研究によると、岩が年月を経て本来の位置から他の場所に移動している」と述べた。
岩は転がり落ちる過程で、風化していない地中の明るい物質を表面に引き上げる。したがって、後に形成された痕跡はそれ以前のものに比べてより明るくみえる。研究チームは北緯40度~南緯40度の範囲の月の表面写真数千枚を精査し、こうした痕跡を確認した。その次に、米国航空宇宙局(NASA)の月観測衛星(LRO)が2009~2022年に撮影した高解像度の写真を分析し、岩が軌跡に沿って動いた跡と、その結果地表に現れた岩石落下噴出物(BFE)を確認した。
研究チームが確認した痕跡は245カ所だった。46%は月の海と呼ばれる低地帯に、54%は高地帯で発見された。また、半数を超える62%については痕跡が複数発見された。これは、そこから岩が繰り返し落下したことを示唆する。
■原因が月の内部にあるのかどうか究明が必要
研究チームは年代が確認された近くのクレーターと比較して年代を推定した結果、クレーターの相当数が約40万年前に形成されたことが明らかになったと発表した。これは、斜面にある岩の落下跡は、これより後に形成されたことを意味する。
1972年のアポロ17号の着陸地点や地震活動に関連する地域の近くでも、一部の痕跡が発見された。これは、月の地震や衝突事象が岩の落下を誘発した可能性があることを示唆している。
今回の研究は、月は地質学的に死んでいるのではなく、散発的に活動している状態にあることを示していると研究チームは主張した。研究チームは、地震活動、衝突、熱応力などのさまざまな過程が月の表面に変化を起こす要因と推定した。
シバプラハサム教授は「研究チームの次の課題は、落下原因が月の内部にあるのか、それとも外部の衝撃に起因したものなのかを判別すること」だと述べた。このためには、将来の月探査において、今回発見した岩の落下地点が着陸候補地点になる可能性があると研究チームは期待した。
■地球の微生物による汚染防止のため、探査には細心の注意が必要
これとは別に、月はわれわれが考えているより、生命体が生存する上で望ましい環境である可能性があるという米国航空宇宙局(NASA)の研究結果も公開された。
月には大気圏と磁場がなく、宇宙から飛来する高エネルギー粒子、極限の温度、太陽の致命的な紫外線に直接さらされるため、生命体が生存するのは難しい。しかし、NASAのゴダード宇宙飛行センターの研究チームは、月の南極地域の一部では、生命体が数日間生存可能だとする内容の実験結果を、先月フィンランドのヘルシンキで開かれた欧州惑星科学会議(EPSC)で発表した。
研究チームはクロコウジカビ(Aspergillus niger)や黄色ブドウ球菌など5種類の微生物を月の表面と同じ環境に置いて調べた結果、永久陰影地域を除く日当たりのいい地域では、微生物が少なくとも1日は生存可能であることが明らかになったと発表した。特にクロコウジカビは最大で7日間生存した。
研究チームは、今回の研究を踏まえ、将来の月探査任務では、地球の微生物で月の表面を汚染しないよう、より慎重を期す必要があると強調した。
*論文情報
Recent boulder falls on the Moon.
https://doi.org/10.1016/j.icarus.2025.116627