米航空宇宙局(NASA)の火星ロボット探査車「パーシビアランス」が、数十億年前に流れていたと推定される川の底から採取した岩石に、古代の微生物生命体の証拠が保存されている可能性があるとする研究結果が発表された。
米国ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のジョエル・ヒュロウィッツ教授が率いる研究チームは昨年7月、ジェゼロ・クレーターの「チェヤバ・フォールズ」と呼ばれる堆積岩から採取した標本「サファイア・キャニオン」から、潜在的なバイオシグネチャー(potential biosignatures)を発見したと、11日付の国際学術誌「ネイチャー」に発表した。
潜在的なバイオシグネチャーとは、生物学的な起源を持っているが、生命体の存在の有無についての結論を下すためにはさらに多くのデータや追加の研究が必要な物質や構造を指す。
ショーン・ダフィー運輸長官兼NASA局長代行は「これまで火星で発見されたなかでは、最も確実な生命体のシグナルである可能性がある」と述べた。
岩石の標本を採取した場所は、ジェゼロ・クレーターに流れていた水が形成した幅400メートルのネレトバ渓谷の北端の岩が多い地形である「ブライト・エンジェル」だ。パーシビアランスはそこを探査している間に、横1メートル、縦0.6メートルの大きさの岩石を標本として採取した。これは、パーシビアランスが収集した25個目の標本で、岩石としては22番目だ。
■ヒョウ柄の斑点模様から発見された2種類の鉱物
NASAの研究チームがパーシビアランスの科学装置を通じて調べたところ、この岩石が粘土とシルト(砂より小さく粘土より大きい土壌粒子)で構成されていることを発見した。地球ではこのような岩石は、きわめて遠い昔の微生物生命体の痕跡を良好な状態で保存していることが多い。この標本には、炭素、硫黄、酸化鉄(さび)、リンが多く含まれていた。
ヒュロウィッツ教授は「ブライト・エンジェルで発見された化学物質の組み合わせは、これが微生物の代謝のエネルギー源だった可能性があることを示している」と述べた。
研究チームは、特に矢尻形の岩石「チェヤバ・フォールズ」から発見した斑点模様に注目した。1ミリの大きさの白い斑点が点在し、それぞれの斑点は黒い輪で囲まれていた。研究チームは、「ヒョウの斑点」と命名したこの模様から、鉄分が豊富な2種類の鉱物、すなわち、ビビアナイト(水和リン酸鉄)とグレイガイト(硫化鉄)を確認した。ビビアナイトは地球では堆積物、泥炭湿地、腐敗した有機物の周辺で発見される物質だ。グレイガイトも特定の微生物が生成可能な物質だ。
研究チームは「堆積物と有機物の間の相互作用で形成されたとみられるこのような鉱物の組み合わせは、微生物生命体の潜在的な指紋」だとしたうえで、「微生物はこのような反応を利用し、エネルギーを生産したのだろう」と述べた。しかし研究チームは、このような鉱物は持続的な高温、酸性条件、有機化合物との結合など、生物学的な反応以外でも生成可能だと指摘した。ただし、ブライト・エンジェルの岩石が高温や酸性の条件を経験したという証拠はないことを付け加えた。
■「特別」というより「興味深い」証拠
もう一つ興味深い点は、今回の発見が、パーシビアランスが探査した堆積岩のうち、生成年代が最も新しい堆積岩で行われたことだ。研究チームは「これは、火星ではこれまで考えられていたより、さらに長期間生命体が存在した可能性を示唆している」と説明した。
地球外生命体を探す科学者が好んで引用するカール・セーガンの名言には「特別な主張には特別な証拠が必要だ」というものがある。ニューヨーク・タイムズは「現時点では、チェヤバ・フォールズの岩石の証拠は、特別というよりは興味深いレベル」だと評した。
ヒュロウィッツ教授は「この岩石から生命体の証拠が出てくる確率は、コイン投げよりは高い」として、「20ドルを出して賭けようというのなら、賭けに乗ってもいい」と述べた。
確実な結論を出すためには、採取した岩石の標本を地球に持ち帰り、分析しなければならない。しかし、NASAが2030年代初期に設定していた火星標本の回収スケジュールは、現時点では計画どおりに進むかは不透明な状態にある。NASAは昨年、火星の標本回収にともなう費用の推定値が110億ドル(約1兆6000億円)に跳ね上がったため、従来の回収方法の代わりに、費用を節約できる別の方法を模索している。現時点でパーシビアランスが採取した標本は、岩石27個を含め全部で30個になる。目標は38個だ。
*論文情報
Redox-driven mineral and organic associations in Jezero Crater, Mars.
Nature (2025).
doi.org/10.1038/s41586-025-09413-0