登録 : 2016.04.07 09:00 修正 : 2016.04.07 09:09

1905年から日米の軍用地だった禁断の歴史

1910年代の龍山基地全景=キム・チョンス氏提供//ハンギョレ新聞社
区民30人余りの民間人初の文化探訪
安斗煕が獄中生活した衛戍監獄
文人石や蔓草川なども見れる
世界的に珍しい戦争史的価値
龍山区、探訪行事の定例化推進

 110年以上、民間人の出入りが規制されてきたソウル龍山(ヨンサン)区の在韓米軍基地内にある近現代文化遺産を、一般人が定期探訪できる方案が模索されている。ソウルでの都市化の“非武装地帯”であり続けた龍山基地では、歴史・自然的価値がよく保存されている。

 龍山基地への民間人の探訪は、龍山区が先頭に立ち推進している。龍山区は先月30日、区民30人余りの米軍基地の遺跡探訪を実現させたと6日明らかにした。2017年の基地移転と龍山公園化事業を控え、専門家や政府関係者などが訪問したことはあるが、市民が団体で訪れたのは初めてだ。

現在も残る蔓草川=キム・チョンス氏提供//ハンギョレ新聞社

 龍山区は龍山基地側と何度も口頭協議を重ね、先月中旬、「龍山の歴史を理解するため米軍基地内の遺跡地を探訪したい」との趣旨の公文を、マリア・イーオフ米陸軍龍山地域司令官に伝えた後、臨時出入りの承認を得た。そして先月30日午前10~12時、30~70代の区民30人余りが参加した「龍山学講座」の現場授業が、111年の禁断の歴史を破り実現した。

 龍山基地は、韓日議定書の協約が強制的に締結された翌年の1905年、89万ウォンで日本軍用地として渡された。当時の龍山には、1千176戸の家屋と111万7千308の墓があり、居住民によるかなりの抗議があったが、日本の憲兵に鎮圧された。1945年の解放とともに米軍基地が設けられ、逆説的にも半世紀を超える開発の波を免れた。

現在も残る衛戍刑務所の建物=キム・チョンス氏提供//ハンギョレ新聞社

 基地内では竜山区民たちが今回見た、朝鮮時代の祭天儀式跡の南壇、1908年に建てられ西大門刑務所とともに唯一現存する日本の刑務所で、金九を暗殺した安斗煕が収監された衛戍監獄、旧日本の将校官舎、ソ連軍、中国共産軍の建物、基地内でしか原型を確認できない300メートル程度の小川の蔓草川、屯芝山、1910年の写真記録に残るケヤキ群落などが、歳月に耐えている。100棟が超す建築物とバンカーなどは、1世紀以上の建築様式と生活ぶりを圧縮して見せてくれるだけでなく、世界的に珍しい戦争史的価値を持つというのが専門家らの評価だ。

 龍山区歴史探訪の案内を務めた郷土史学者のキム・ジョンチョン氏は「ソウルでここまで文化財がよく整理されている場所はない」と話す。彼は最も価値のある文化財として、あちこちに立っている文人石(墓前に置く文官の形をした石像)を挙げた。ここに居を定め墓まで失って追い出された朝鮮民衆たちの足跡であるからだ。

文人石と童像=キム・チョンス氏提供//ハンギョレ新聞社

 龍山区は住民参加の米軍基地探訪イベントを定例化すると明らかにした。ソン・ジャンヒョン区長は「日本帝国主義の侵略の歴史や現代史がそのまま保存された世界的に意味のある場所だ。基地が移転したら、忘れられた近現代の歴史を復元するよう最善を尽くす」と話した。

 こうした価値があるため、ソウル市も龍山基地周辺に造成される龍山公園の世界文化遺産登録を推進してきた。市は今年、基地内の文化財の実態調査に乗り出す方針だ。

イム・インテク記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-04-06 21:56

http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/738629.html訳Y.B

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