「現場に出ていたじゃないか!」
ため口で怒鳴りつけるこの一言が梨泰院(イテウォン)惨事に対する尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の認識の実体だ。7日、大統領室で開かれた国家安全システム点検会議で、尹大統領は警察に向かって「(惨事の兆しがあったにもかかわらず)なぜ4時間もの間、手をこまぬいて見ていたのか」と叱責した。同日の尹大統領の発言からすると、梨泰院惨事は災害安全関連システムや制度の問題ではない。尹大統領は惨事直前の11件にも及ぶ112番通報に対する対応も「重要ではない」と述べた。惨事の理由は単純かつ明快だった。惨事が起きた日、梨泰院の現場にいた警察官137人が人波の管理と交通整理などの予防措置を取らなかったこと、すなわち現場の問題に過ぎないという話だ。
この発言からすると、惨事前後に明らかになった不正確な情報管理や機動隊支援の失敗、極めて遅く無能な指揮体系、故障した災害警報システム、「マニュアルにない」という無責任な政府高官などは問題ではない。会議で果たして専門家とマスコミが指摘した問題点がきちんと議論されたかどうかも疑問だ。今回の惨事が「制度とシステムの問題ではない」という大統領の診断は「漠然とした理由で責任を問うことはできない」という意外な結論に結びついた。行政安全部のイ・サンミン長官と警察庁のユン・ヒグン長官を「問責しない」という宣言に他ならない。
惨事を見る世間の認識とかけ離れた発言をする尹大統領は、惨事前後の事情をきちんと調べたのだろうか。警察137人が現場にいたというが、そのうち52人は外事課と刑事課所属で、麻薬取り締まりが主な任務だった。人出が多くて現場に出ることもできず、惨事の瞬間まで梨泰院交番で待機していたという。龍山警察署から派遣された交通機動隊20人は、最初の112番通報があってから3時間ほどたった夜9時30分ごろに現場に到着した。梨泰院交番は夜7時ごろ、多くの人波による危険を認識し、機動隊を送ってほしいと龍山署に要請したが、機動隊は集会警備のために忙しいという理由で集会が終わって夕食を終えてからようやく姿を現した。ハロウィーンイベントの4日前に機動隊を派遣してほしいと龍山署に要請したものの断られた梨泰院交番所属の警察官32人は、様々な通報と交通整理などに追われ、すでに限界に追い込まれていた。ソウル警察庁112状況室は惨事4時間前から通報を受けていたにもかかわらず、効果的な対応をしなかった。警察庁長官は状況を統制するどころかキャンプ場で眠っていた。龍山警察署交通課は大統領私邸の警備を理由に機動隊を送らなかったという。上級機関と責任者たちが現場の支援要請を無視し、先送りしたことが積み重なり、最後は破局を迎えた。
このような一連の状況に対する立体的で包括的な理解はおろか、惨事から1週間以上たっても「現場の問題」だと簡単に片づけてしまう尹大統領の認識は非常に懸念すべきレベルだ。 同日の会議に出席した無責任の標本とも言うべき行安部長官と警察庁長官に何も期待できないのは言うまでもない。ならば、「国家安全システム点検」と名付けた会議はなぜ行ったのだろうか。これについて尹大統領は、梨泰院惨事のためではなく、今後の災害に備えて開いたという発言で会議を締めくくった。梨泰院惨事についての尹大統領の発言からは、真摯さや省察の姿勢が全く感じられない。このままだと、大統領が掲げてきた自由は圧死する自由、尊重されない自由、責任からの自由にということになる。
2年前に西海(ソヘ)で公務員が攻撃されている間に「文在寅(ムン・ジェイン)大統領は一体何をしていたのか」と怒鳴りつけた現政権は、自由と人権、法治を前面に掲げ、国民を救うと言っていた。ルールの真空状態で、私たちが統制できなかった事件については「責任を取るべき」と主張していた政権が、今回の惨事に関しては「責任を問わない」と言っている。責任を取らずに責任あるポストに居座りつづける政府高官の厚かましさを容認して、私たちは果たして安全な社会を実現できるだろうか。他人には厳しく、自分には甘いこのようなダブルスタンダードは、今回の惨事の真の背景であるだけでなく、今後のさらに大きな惨事の予告編でもある。ただ、今回の会議の成果を一つあげるとすれば、尹大統領が「今後は大統領が災害安全のコントロールタワー」だと認めたことであろう。夏の豪雨事態、カカオトークの通信障害、今回の梨泰院惨事を経験してようやく当たり前のことを言ったわけだが、それでも不幸中の幸いかもしれない。