「2028年に平壌(ピョンヤン)で『平和の旋律』を指揮したいです」
今月4日、「光州(クァンジュ)芸術の殿堂」の開館35周年記念の「2026グランド・オーケストラ・ウィーク」でKBS交響楽団を指揮した、在日コリアンで指揮者の金洪才(キム・ホンジェ)さん(72)の夢だ。チャイコフスキー交響曲第4番をメインにした今回の公演で、金洪才さんはアンコール曲として、自身が編曲した「イムジン河」を披露した。南北関係は凍りついているが、光州芸術の殿堂に鳴り響いた「イムジン河」の旋律は、金さんが「音楽を通じた民族和解」という音楽人生のテーマを、依然としてあきらめていないことを象徴しているように思えた。
金洪才さんは、行き詰まった南北関係を誰より残念に思う人物の一人だ。朝鮮学校出身で長年を無国籍である「朝鮮籍」として過ごした金さんは、生涯を通じて「南北平和」をテーマに音楽活動を行ってきたからだ。
金さんに公演2日前の今月2日午後、ソウル汝矣島(ヨイド)の韓国放送(KBS)の前で会った。KBS交響楽団との練習をちょうど終えた直後のことだった。4年ぶりに実現した韓国公演の感想と、南北の音楽交流について質問した。
金さんはさまざまな面で、朝鮮学校出身の在日コリアンとして「初」という肩書で語られてきた。日本で学歴として認められていない朝鮮学校を卒業し、1973年に朝鮮籍保有者としては珍しく、日本の名門音大である桐朋学園大学に入学した。在学中に世界的な指揮者である小澤征爾さんに師事して実力を認められ、1978年3月に東京の渋谷公会堂で東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団を指揮しデビュー。朝鮮籍の在日コリアンとして初めて日本で指揮者になった。
その後、「齋藤秀雄賞」と「渡邉暁雄音楽賞」という日本が誇る指揮者の賞をいずれも受賞した。また、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(1981~1989)、名古屋フィルハーモニー交響楽団(1985~1989)、京都市交響楽団(1987~1989)の専任指揮者を歴任した。在日コリアンとしては唯一、日本音楽界の主流を貫くマエストロとして公認されたのだ。
日本の交響楽団を指揮しながらも、金さんは「民族の和解」というテーマを常に手離さなかった。その象徴的な行動が、自身が指揮する日本の管弦楽団が特別演奏会を開く際のアンコール曲として、いつも「イムジン河」「アリラン」「トラジ(ききょう)」を聴かせることだ。いずれも北朝鮮の作品だが、金さんの指揮によって韓国でも広く知られることになった。「イムジン河」などをアンコール曲に選定することについて、「在日コリアンとしてのルーツの重要性と、2つの祖国の和合と平和をいつも念頭に置いているため」だと説明した。
また、「音楽を通じて平和を伝える企画」を何度も行った。1989年に始まり、東京、大阪、ニューヨークで10回開催した「ハンギョレ(一つの民族)コンサート」が代表的なものだ。金さんは、民族の和合と平和をテーマにしたこのコンサートの指揮をいずれも担当した。金さんの叔父であり音楽プロデューサーである在日コリアンの李喆雨(リ・チョルウ)さんが主導したこの舞台には、海外同胞の芸術家に加え、韓国の伽耶琴奏者の故ファン・ビョンギさんやパンソリ歌手のアン・スクソンさんも参加した。
尹伊桑(ユン・イサン、1917~1995)との縁も特別なものだ。金さんは1989年から2年間、ドイツのベルリンで尹伊桑の指導を受けた。このとき、ドイツ統一の現場を目撃したりもした。尹伊桑に師事した唯一の在日コリアン指揮者である金洪才さんは、尹伊桑の音楽をアジア圏で最も多く初演した指揮者として知られている。2004年の統営(トンヨン)国際音楽祭でも、尹伊桑のオペラ「霊的な愛」をアジアで初めて上演した。そうするうちに自然と、「平和に関心が高かった尹伊桑の心を受け継ぐようになった」という。
金さんは韓国よりも先に北朝鮮で指揮台に立った。1979年には平壌の朝鮮国立交響楽団を指揮し、これは「朝鮮管弦楽曲シリーズ」のレコードとして日本で発売された。1987年には日本の管弦楽団としては初めて、京都市交響楽団を率いて平壌と元山(ウォンサン)で公演するなど、合わせて5、6回、北朝鮮を訪問した。特に、1990年10月に平壌で開かれた分断後初の南北音楽家交流での「汎民族統一音楽会」には、海外同胞の指揮者として参加し、朝鮮国立交響楽団を指揮した。
韓国での指揮は、2000年に初めて実現した。同年10月20日、ソウルの芸術の殿堂で開かれたKBS交響楽団によるアジア欧州会合(ASEM)祝賀公演で、初めて韓国で指揮台に立った。「朝鮮籍」という立場のため、これまで祖国の地を踏むことができなかった金さんは、「そのときは本当に感無量だった」と回想した。
2005年に韓国籍を取得。その後、蔚山(ウルサン)市立交響楽団の常任指揮者(2007年11月~2016年10月)、光州市立交響楽団の常任指揮者(2016年11月~2019年)を歴任し、「平和」に対する関心がさらに深まった。
光州市立交響楽団については、5・18(光州民主化運動)記念公演が特に記憶に残ると語った。光州市立交響楽団在任中、毎年5月には5・18追悼音楽会を指揮した。金さんは「5・18関連の新たな創作曲を3年間毎年担当し、初演した」として、「定期演奏会よりも5・18記念演奏のほうに力を入れた」と語った。このことによって「民主化聖地である光州の精神に最も合致した指揮者」と評されるようになった。
4日、金さんは2022年に南道国際音楽祭で演奏して以来、4年ぶりに韓国の舞台に立った。しかし、アンコール曲は変わることなく「イムジン河」だ。「音楽を通じた民族の平和追求という金さんの夢は冷めていない」と感じさせる部分だ。
金さんは「音楽は南北の緊張を溶かす最も有力な芸術の言語」であり、「今後、韓国で常任指揮者として指揮する機会が与えられるとすれば、2028年にはその管弦楽団とともに、南北が和合の声を上げることに必ず挑戦してみたい」と述べた。2028年は、金さんの指揮者人生50年になる年だ。
「いつの日か、韓国と北朝鮮の演奏者で構成された交響楽団で『アリラン』を指揮したい」という長年の夢を胸に抱く、在日コリアンの高名なベテラン指揮者。金洪才さんは「さらに深まる分断の河」をいまも音楽で渡ろうとしている。