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「安楽死のお知らせ」のリストに…その名はあった(2)

登録:2024-09-14 09:21 修正:2024-09-18 09:19
ルドリが暮らしていた保護所のアカウントに「安楽死のお知らせ」が表示された=ゲッティイメージバンク//ハンギョレ新聞社

(1の続き)

 さらに頻繁にルドリのSNSをのぞいているうちに、この3兄妹が非常に運の良い子イヌたちだったことを知ることになった。この子たちのように一緒に保護所に入って、3匹がみなすぐに引き取られていったケースは珍しかった。SNSのタイムラインには、たった2種類のイヌだけが存在した。幸せなイヌvs不幸なイヌ。ああ、こう言うこともできた。飼い主のいるイヌvs飼い主のいないイヌ。「不幸なイヌ=飼い主のいないイヌ」ではなかった。飼い主がいるのに不幸なイヌも多かった。飼い主という名の人間に虐待されたり放置されたりしたイヌたちだった。だが、飼い主のいないイヌはみな不幸だった。単純に「家なきイヌ」を保護してくれる場所だとばかり思っていた公立の遺棄動物保護所の現実も知った。安楽死という名の死についても。実に複雑で悲しい世界だった。

 小説家として、私は米国ドラマ「デスパレートな妻たち」の台詞を現代的な人生のおおよその真理だと考えてきた。「Everyone has a little dirty laundry(誰にでも若干の汚れた洗濯物はある=人には言えない隠し事がある)。みなその洗濯物をどこかに隠して生きているということだ。これは個人だけでなく、一つの社会を主語にしても変わらなかった。この社会には構造的問題を抱えた分野が多いはずだった。ルドリがいなかったら、この「動物の世界」を知ろうとすることもなく生きていただろう。知らなくても私が生きるうえで何の支障もないだろうし、ずっと知らないまま生きていっていたはずなのに。今は知ってしまった以上、知る前には戻れなかった。

 私のSNSには捨て犬のアカウントだけが表示されるわけではなかった。血統書付きのイヌを購入して大事に育てている人々のSNSも多く、人気の動物インフルエンサーのアカウントも多かった。見るだけで自然に笑いがこみ上げてくる愛らしい血統書付きも多かった。動物には何の罪もなかった。本棚にはかなり前に購入した作家のハ・ジェヨンの『誰も憎まない犬の死』が差し込まれていた。取り出して読もうと何度も試みたものの、成功しなかった。手に負えないと思われて怖かったからだ。

 私の深い無意識の奥に、実体を正確に説明できないある根源的な恐怖があった。数カ月後、それが何だったのかを悟る日が来た。ルドリが暮らしていたあの保護所のアカウントに「安楽死のお知らせ」が表示された。保護所の個体数が多過ぎてケージが足りないから、ということだった。そのリストを見て涙が出た。何の過ちもなく、単に人間によって長いあいだ閉じ込められていて、人間の都合で死を迎える動物たち。そしてそこに、忘れられずにいた名があった。ルドリ3兄妹の母犬。うちのルドリのお母さん。そのイヌ、ニコリはまだ保護所の中にいて、今回の安楽死名簿に載ったのだ。

 ボランティアからより詳しい話を聞くことができた。ルドリではなくその母犬の視点で聞くと、自分がよく知っていると思っていた話が別のものに聞こえた。ニコリは2歳足らずのまだ若い野良犬だった。昨冬、3匹の子犬と一緒にいる姿を見て誰かが区役所に通報した。子犬と一緒に捕獲され、保護所に入れられた。一目で見ても小さくて痩せたイヌだった。保護所では常に3匹の子犬を抱いて過ごしていた。人にとても慣れているわけではないが、撫でようとする手を拒否することもない、平凡なイヌだったという。そのように数週過ごしているうちに、3匹の子犬は次々と去っていった。ひとり残されたニコリは一般ケージに移された。そして急に声が枯れるほどほえはじめた、ということだった。

チョン・イヒョンの「幼い犬と歩いた」とは?

 「この文章は、1匹の犬を飼っている人間の話だ。もう少し詳しく説明すると、ある日とつぜん非自発的に幼いイヌと一緒に暮らす『ことになってしまった』ある人間が、多分に主観的な視点で記録する(イヌを中心とした)日常の話になる予定だと言える。その人間とはもちろん私のことだ」。小説家のチョン・イヒョンさんが幼いイヌのために涙を流した時間、笑った時間、身構えた心を解いた瞬間の記録を連載する。

チョン・イヒョン|小説家 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/animalpeople/companion_animal/1158391.html韓国語原文入力:2024-09-13 11:29
訳D.K

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