「彼は約50年前、祖国に来て夢を広げようとした在日コリアンの青年でした。彼がスパイとして起訴され、刑が確定する過程で重大な人権侵害がありました。基本権を保障する最後の砦となるべき司法府は、その任務を疎かにしました。本来の役割を果たせなかった大韓民国司法部の一員として、深くお詫び申し上げます。宣告します。被告人は無罪」
23日午後、故崔昌一(チェ・チャンイル)さんの再審事件の宣告期日が開かれたソウル高等裁判所312号。裁判所の判決が終わると、傍聴席からは拍手が沸き起こった。生涯スパイの濡れ衣を着せられて生きてきた在日コリアンの故崔昌一さんが、50年ぶりに無実の罪を晴らした瞬間だ。検察は崔さんがおよそ50年前に法廷で行った陳述を証拠に懲役7年を求刑したが、裁判所は「証拠能力を認めることはできない」として、無罪を言い渡すとともに、崔さんが受けた国家暴力について謝罪した。
ソウル高等裁判所刑事13部(ペク・カンジン裁判長)は同日、国家保安法、反共法違反の疑いが持たれている崔さんの再審で、49年前の判決を覆して無罪を言い渡した。崔さんは1941年、日本で在日コリアン2世として生まれ、東京大学を卒業した後、韓国に渡り、ソウル大学で講師として働いていた。しかし、国家は崔さんがスパイ活動をするために韓国に入国したとして不法拘禁し、スパイ活動の供述を引き出した。1974年、裁判所はチェさんに懲役15年を言い渡し、崔さんは光復節特赦で仮釈放されるまで6年間にわたり収監された。その後、日本に帰った崔さんは1990年代後半、病気でこの世を去った。
同日、法廷には再審を申請した崔さんの娘、中川智子(韓国名崔智子)さんが立った。2017年になって偶然父親の過去を知った後、娘の智子(チェ・ジジャ)さんは2020年1月、父親の名誉回復のために再審を請求した。昨年11月になって再審請求が認容されたが、検察は最後まで崔さんの「有罪」を主張した。崔さんが捜査機関に不法監禁されて行った自白が本人の意思ではなかったとしても、法廷に出て行った自白は証拠として認めなければならないとして、懲役7年を求刑した。
しかし、裁判所は検察の主張を受け入れなかった。裁判所は「法廷での陳述も捜査機関での不法拘禁により任意性なしに行われた陳述がそのまま続いたもので、そのような事情が解消されたという点に対する検事の証明がないと判断される」とし、「被告人のすべての公訴事実について証拠が不足している」とみた。特に裁判所は無罪判決の主文を読む前に「この事件は南北分断がもたらした理念対立の中で、一人の知識人であり誠実な大韓民国の国民、そして家長だった崔昌一さんが国家暴力によって犠牲になった事件」だとしたうえで、「今日の判決が故崔昌一先生と家族に少しでも慰めと癒しの意味を持つことを願う」と崔昌一さんと家族に謝罪した。
智子さんの願い通り、父親は無罪を言い渡されたが、家族の傷まで癒えるかどうかは不透明だ。智子さんの母親と兄は「韓国政府に殺されるかもしれない」とし、智子さんの再審請求に反対してきた。智子さんはハンギョレとのインタビューで「父親はソウル大学の講師になったばかりの時に逮捕された。そのまま仕事を続けていたら、立派な研究者になって韓国で活躍したかもしれないのに、拘禁されたことでその夢が壊れてしまった」とし、「一生父親が友人に会うことも見たことがなく、母親と兄は日本に引っ越してからも『アカの家族』と呼ばれ差別を受けた」と語った。
智子さんにとっても韓国は依然として「何の罪もない民間人を政治に利用した恐ろしく酷い国」だ。日本で働く平凡な高校教師である智子さんが韓国政府に再審を請求して結果を待つ4年間、何度も諦めるべきかを悩んだという。崔昌一さんのように在日コリアンに対するスパイ捏造事件の被害を受けたが、まだ容疑を晴らしていない人も多い。崔さんを代理したチェ・ジョンギュ弁護士(法務法人ウォンゴク)は「強要による捜査機関での供述だけでなく、これによって影響を受けたはずの法廷供述の証拠能力も否定したという点で意味のある判決」だとし、「国家暴力被害を受けた他の在日コリアンスパイ捏造事件をはじめとする人権侵害事件も、早く解決されなければならない」と語った。