総選挙の基本構図は「政府支援論」対「政府けん制論」です。投票所に向かう有権者が「業績評価投票 (retrospective voting)」、つまり政府・与党に対して「中間評価」を行う傾向が強いからです。これには国政運営の最高責任者である大統領の職務遂行評価(支持率)が影響を及ぼさざるを得ません。4・10総選挙もやはり「政権審判論」をめぐり与野党が最後まで激しい攻防を繰り広げています。
果たして大統領の支持率は総選挙にどれだけ影響を及ぼすのでしょうか。歴代総選挙の結果と大統領の支持率はどのような相関関係を示したのでしょうか。
■大統領の支持率と与野党候補の当選確率
一般的に大統領の支持率が高いほど与党候補が、支持率が低いほど野党候補が総選挙で有利になると思われています。論文「国会議員候補の当選決定要因の分析:経済状況、大統領支持率、選挙時期、政党支持率と候補の個人的な背景」(2022年12月、ムン・ウジン亜洲大学政治外交学科教授)は、こうした仮説が正しいかどうかを検証する研究です。同論文は第13代総選挙から第21代総選挙まで候補者の情報と選挙当時の様々な政治的・経済的状況などを考慮し、回帰分析などで候補者の当選に影響を及ぼす様々な独立変数を分析します。
同論文は「(他の変数を除き)大統領の支持率(韓国ギャラップ総選挙直前調査)が50%の場合、与党候補の当選確率は60%前後に高まる一方、野党候補の当選確率は27%程度に低下するものと推定される」とし、「大統領の支持率が上昇すれば野党候補の当選可能性が低下する」という分析結果を示しています。また、大統領の在任期間が620~760日を起点に、野党候補の当選確率が与党候補の当選確率よりも高くなると推定しましたが、この時期は大統領任期2年目に当たります。研究結果は、総選挙が大統領の任期中盤や後半に行われた場合、大統領の支持率が選挙の重要な変数になる現実を裏付けています。
■大統領の支持率と歴代総選挙の通知表
では、実際の歴代総選挙の結果と大統領支持率の関係はどうだったのでしょうか。2000年以降の総選挙を振り返りますと、大統領の支持率が低いからといって、政権審判論が常に威力を発揮するとは限りませんでした。第17代総選挙以降はだいたい与党が勝利しました。総選挙が行われる時期、突然のイシューなども重要な変数として働いたためです。
大統領の支持率が20%台と低かったが、第17代総選挙と第19代総選挙では与党が勝利を収めました。第17代総選挙が行われた時期は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が就任して1年2カ月で、選挙1カ月前の大統領弾劾案の可決による逆風が与党に勝利をもたらしました。第19代総選挙も李明博(イ・ミョンバク)大統領の支持率は25%台に過ぎませんでしたが、与党は朴槿恵(パク・クネ)非常対策委員会の体制で、李大統領との差別化を図りました。さらに野党の民主統合党は、キム・ヨンミン候補(ソウル蘆原甲)の高齢者差別発言などの暴言が物議を醸し、与党に勝利をもたらしました。大統領の高い支持率が与党の圧倒的勝利を導いたのは、新型コロナウイルス感染症の時期に行われた第21代総選挙です。
[2000年代以降の大統領の支持率と総選挙の結果]
■第16代総選挙(2000年4月13日)
(1)金大中(キム・デジュン) 大統領の支持率:支持49%、不支持20%(2000年第1四半期・韓国ギャラップ)
(2)在任期間:2年2カ月
(3)選挙結果:与党(新千年民主党)115議席、野党第1党(ハンナラ党)133議席。*当時の全議席は273議席
(4)その他の変数:総選挙3日前に南北首脳会談の開催に合意したと発表
■第17代総選挙(2004年4月15日)
(1)盧武鉉大統領の支持率:支持25%、不支持57%(2004年第1四半期・韓国ギャラップ)
(2)在任期間:1年2カ月
(3)選挙結果:与党(開かれたウリ党)152議席、野党第1党(ハンナラ党)121議席。*当時全議席は299席
(4)その他の変数:総選挙1カ月前に国会の盧大統領弾劾案可決で野党に逆風
■第18代総選挙(2008年4月9日)
(1)李明博大統領の支持率:支持52%、不支持29%(2008年第1四半期・韓国ギャラップ)
(2)在任期間:2カ月
(3)選挙結果:与党(ハンナラ党)153議席、野党第1党(統合民主党)81議席。*当時全議席は299席
(4)その他の変数:大統領「ハネムーン」期間
■第19代総選挙(2012年4月11日)
(1)李明博大統領の支持率:支持25%、不支持62%(2012年第1四半期・韓国ギャラップ)
(2)在任期間:4年2カ月
(3)選挙結果:与党(セヌリ党)152議席、野党(民主統合党)127議席。*その後、全議席は300席
(4)その他の変数:与党が朴槿恵非常対策委員長体制で大統領と差別化、民主統合党の老人差別発言など「暴言」が物議醸す
■第20代総選挙(2016年4月13日)
(1)朴槿恵大統領の支持率:支持40%、不支持49%(2016年第1四半期・韓国ギャラップ)
(2)在任期間:3年2カ月
(3)選挙結果:与党(セヌリ党)122議席、野党(共に民主党)123議席
(4)その他の変数:「真の親朴(槿恵)鑑別」論議、「玉璽騒動」など与党の公認候補選びをめぐる内紛、「第3党」の国民の党が38議席獲得で躍進
■第21代総選挙(2020年4月15日)
(1)文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率:支持61%、不支持30%(2020年第1四半期・韓国ギャラップ)
(2)在任期間:2年11カ月
(3)選挙結果:与党(共に民主党+共に市民党)180議席、野党(未来統合党+未来韓国党)103議席
(4)その他の変数:新型コロナウイルス感染症の政府対応に対する評価高い
■就任から1年11カ月、大統領支持率が低い中での4・10総選挙
尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の就任から1年11カ月(3年目)の時点で行われる第22代総選挙は、大統領の支持率が低いほど「政権審判論」に影響を受けざるを得ない選挙です。尹大統領の国政運営に対する世論調査は、不支持が支持を大きく上回っています。今月1日から3日にかけて、1004人を対象に無線電話の面接調査を行った全国指標調査(NBS)(標本誤差は95%、信頼水準は±3.1%)では、尹大統領の国政運営について「評価する」という回答が38%、「評価しない」という回答は55%でした。韓国ギャラップの調査では、1月の第1週から3月の第4週まで、大統領の国政運営に対する支持は概ね30%の初・中盤を維持しました。(中央選挙世論調査審議委員会のホームページを参照)
これに対し与党の国民の力は、ハン・ドンフン非常対策委員長体制を中心に総選挙を行おうとしましたが、尹大統領の影からなかなか抜け出せませんでした。一例として、グーグルの検索量を示すグーグルトレンド(1~100で数値化)によりますと、先月1カ月(7日基準)の尹大統領の平均検索量は47で、ハン委員長(46)とほぼ同じです。特に、医学部の増員に関する国民向け談話を発表した1日は、尹大統領が100でハン委員長(52)の検索量の2倍でした。
これは大統領夫人のキム・ゴンヒ女史のブランドバック授受疑惑、ファン・サンム首席秘書官の「刺し身包丁襲撃」発言、イ・ジョンソプ前オーストラリア大使の辞任、「長ネギ事件」(尹大統領が1キロ約100円と書かれた長ネギの値段を見て合理的と言ったのが物議を醸したもの。物価高で現在長ネギの小売価格は1キロ約330~450円)に代表される物価高問題、医療界と政府の対立の長期化などをめぐり、総選挙の終盤まで議論が続いたためと分析されます。一方、ハン委員長の「イ(・ジェミョン代表)・チョ(・グク元法相)審判論」は威力を発揮できなかったもようです。結局、与野党ともに低い大統領の支持率と「龍山(ヨンサン・大統領室)発リスク」が総選挙の民心に影響を及ぼしたとみています。ただし選挙遊説終盤の最大野党の共に民主党でキム・ジュンヒョク、コン・ヨンウン、ヤン・ムンソクなど一部候補の財産問題や暴言など「候補リスク」が変数として浮上しました。今回の総選挙で、有権者は「政権審判論」と「野党審判論」のどちらに軍配をあげるのでしょうか。