尹錫悦大統領が5日に配偶者のキム・ゴンヒ女史に対する特検法案に再議要求権(拒否権)を行使したことを受け、野党は「歴代のどの大統領も自分や家族に対する特検捜査を拒否したことはない。初めての例だ」と批判した。特に元検察総長である尹大統領は「公正と正義、法治主義」を旗印としてきただけに、夫人のキム女史をかばうために大統領の憲法的権限を乱用したことの政治的後遺症はそれだけひどくなるとみられる。
歴代の大統領は本人や家族、側近に対する野党の特検要求にどのように対応したのだろうか。過去の事例を探ってみた。
特別検事(特別検察官)とは、高位公職者の不正や違法が疑われた際、政府から独立した人物を特別検事に任命して捜査と起訴を任せる制度。韓国では1999年の「造幣公社ストライキ誘導事件」、「服ロビー事件」で導入された。政治的にセンシティブな事案の捜査に当たるため、そもそも政権の「逆鱗(げきりん)」に触れる事件を扱ったものが多い。しかし歴代政権は選挙を前にして大統領や大統領の側近を標的とした特検であっても、概ね国会から送られてきた特検案を受け入れる道を選んできた。
特検法が国会本会議で可決され、大統領本人やその家族が特検の対象になったケースは過去に2度ある。
その中で最近の例は、2016年11月に朴槿恵(パク・クネ)大統領が「チェ・スンシル国政壟断」事態で窮地に立たされた時のもの。朴槿恵大統領は「必要ならば私もやはり検察の調査に誠実に臨む覚悟であり、特別検事による捜査も受け入れる」との国民向け談話を発表し、特検を受け入れた。
李明博(イ・ミョンバク)大統領も任期末の2012年、与野党が息子のイ・シヒョン氏を標的として「内谷洞(ネゴクトン)私邸特検法」を本会議で可決させたことに対し、これを「与野党の政略的合意」と批判しながらも、「再議を要求すれば、大きな疑惑があるから要求したのではないかという疑問も国民に持たれうる。堂々とした、潔い姿勢を示すためにも受け入れた方がよい」として拒否権を放棄した。不正にかかわった金泳三(キム・ヨンサム)大統領と金大中(キム・デジュン)大統領の息子たちも、特検ではないものの、検察による捜査の末、処罰を受けている。
側近たちが標的になったケースも大きな違いはない。
文在寅(ムン・ジェイン)政権序盤の2018年に与野党の合意のうえで可決された「ドゥルキング特検法」は、キム・ギョンス前慶尚南道知事ら文大統領の複数の最側近を標的にしたものだが、大統領の「拒否権行使」は言及すらされなかった。文大統領は当時、ホ・イクポム特検を任命した際に、「政治的な事件を扱うのに他の方法はない。法と原則に則り、特検法に定められた通り、ありのままに過ちを明らかにし、責任を問えばよい」と述べている。
側近の不正疑惑で拒否権を行使した唯一の例は、2003年の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領だ。盧大統領は国会で可決された「側近不正特検法」に対し、半月後に拒否権を行使した。これに対し野党は、特検法を再表決して可決させた。ただし、当時は検察と盧大統領が緊張関係にあり、側近の不正も捜査が拡大していたため、今とは状況が異なる。