日本政府は、福島原発事故で発生した汚染水に含まれる放射性物質の一つであるトリチウムが人体に及ぼす影響は少ないと主張しているが、実は、トリチウムが人体のがん発生に及ぼす影響を調べた研究は一つもないことが明らかになった。トリチウムががんを引き起こすことはないと主張する科学的根拠がないということだ。福島第一原発の汚染水を放出する前に、人間などの生態系に及ぼす影響に対する綿密な調査が必要だとする声が高まっている。
米国サウスカロライナ大学のティモシー・ムソー生物学科教授は27日、国際環境団体グリーンピースが開催した記者会見で、トリチウムに関連する科学文献70万件あまりを全数調査した結果、トリチウムが人体などに及ぼす生物学的影響を一部でも扱った研究は250件(0.03%)にすぎなかったことを明らかにした。特に、発がんの影響についての研究は、そのうちわずか14件にすぎなかった。それさえも、マウスなどの実験用動物を対象に行われた研究であり、人体に及ぼす影響についての体系的な研究は、事実上一度も行われていないというのがムソー教授の分析だ。
ムソー教授は、米国科学アカデミーの放射線影響諮問委員を務め、韓国と日本による世界貿易機関(WTO)での福島産水産物の紛争で、韓国側の証人を引き受けもした放射能汚染分野の著名な学者だ。
科学界は、トリチウムは遺伝毒性と発がん性を有しており、生殖系にも生物学的な影響を及ぼす恐れがあるとみている。グーグル・スカラーで検索すると、発がん性があることが知られている他の物質についての研究論文数は、加工肉が約31万3000件、アスベストが約19万7000件、ラドンが約9万6700件、ビスフェノールAが約8万7000件で、トリチウムの発がん関連の研究とは比較にならないほど多い。ムソー教授は本紙と別途行なったインタビューで「トリチウムがこのように科学的な研究ネットワークから外れていたということは、非常に不思議なことだ」として、「生物学的な影響に関する研究が驚くほど少ないのは、このテーマに対する研究を支援するための投資の不足を反映しているものであり、おそらく(原発の利用に困難をきたすことを懸念して)意図されたものではないかと思う」と述べた。
さらにムソー教授は、トリチウムの生物学的影響を扱った論文を全数分析した結果、様々な論文でトリチウムの生物学的効果比(RBE、生物の遺伝子などに損傷を与える度合い)は、代表的な放射性物質であるセシウムより2倍以上高いという事実が繰り返し確認されたことを明らかにした。一部の論文では、この比率が最大6倍まで高く提示されたものもあったという。ムソー教授は、これについて「セシウムのガンマ放射線は透過力が強く、瞬間的にDNAや細胞に影響を与え外に抜け出すが、トリチウムのベータ放射線は透過力が弱くて体内から抜け出すことができず、集中的な内部被ばくを起こすため」だと説明した。
ムソー教授は「トリチウムに被ばくした実験用マウスでは、精子と卵子そして生殖器の損傷が観察され、遺伝子の二重らせんが断絶し、遺伝因子の変異も現れた」とし、「トリチウム被ばくの影響は、食物連鎖の上位段階に行くほど大きくなり、多くの世代を経て蓄積され、種の遺伝子組み換えを引き起こすこともありうる」と指摘した。
放射線による遺伝情報の変化は、チェルノブイリ原発事故地域の野良犬を対象にした研究でも確認されたことがある。ムソー教授も共著者として参加したその研究結果は、3月に学術誌「サイエンス・アドバンシス」に発表され、ニューヨーク・タイムズをはじめとする世界の主要メディアで紹介された。
ムソー教授は「日本が放出しようとしている福島原発汚染水に含まれるトリチウムの影響がどれほど大きいかは、今すぐ指摘するのは難しいだろうが、我々が知らないうちに生態系に影響を与え続けた合成物質DDTのような影響を及ぼす可能性もある」と懸念した。DDTは、1940年代以降に全世界で殺虫剤や農薬などで広く用いられ、生物学者レイチェル・カーソンが1962年に著書『沈黙の春』で生態的毒性を告発したことをきっかけに、多くの国から使用禁止した物質だ。
ムソー教授は「インターネット上にはトリチウムについての虚偽の事実が多くあるが、基本的なメッセージは『トリチウムは非常に弱いエネルギー放出体』だということで共通している。さらに東京電力も『トリチウムは非常に弱い放射性物質』だと語っているが、こうしたものは、すべて『フェイクニュース』とみなすべきだ」と述べた。
ムソー教授は「こうしたものは、大衆に混乱を与えることを意図して出てきたもの」だとしたうえで、「トリチウムに対する真実は、低いエネルギーを放出するということであり、それは必ずしも影響が弱いということを意味しない」と述べた。
日本政府と東京電力は、トリチウムに大量の水を混ぜて希薄させた後に海洋放出するため、人体に及ぼす影響はきわめて少ないと主張している。東京電力は現在、メイタガレイやアワビ、海草を海水で薄めた汚染水で育て、生物学的影響を評価すると広報している。
ムソー教授はこれについて「死亡の有無と発育状態などだけを調べる方式は、科学的な常識から考えれば見せかけの研究」だと評し、「汚染水にさらされる数百種の生物に拡大し、感度分析を活用した研究が汚染水放出前に独立した科学者によって行われなければならない」と強調した。