「北朝鮮が再び領土を侵犯する挑発を起こせば、9・19軍事合意の効力停止を検討すべき」という尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の4日の発言を機に、南北関係の安全弁と呼ばれる「南北9・19軍事分野合意」が破棄の淵に立たされている。今月1日に伝えられた金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記兼国務委員長の「南朝鮮傀儡は明白な敵」発言と、同じ日に「一戦を辞さない構え」を求めた尹大統領の指示で一段と高まった緊張に、偶発的な衝突の危険性まで加わった。
2018年に南北が結んだ9・19軍事合意は、軍事境界線(MDL)を基準に陸上・海上・空中緩衝区域で敵対行為を中止することを骨子としている。軍事境界線周辺地域で偶発的な武力衝突を防ぐのが主な目的だ。9・19軍事合意の効力が停止すれば、南北いずれも衝撃緩和装置が消える危険を抱えることになる。尹大統領は大統領選候補時代にも「(北朝鮮に)変化がなく、引き続き敵視政策の撤回だけを求めるならば、我々も合意を守り続けるのは難しい」とし、9・19軍事合意の効力停止に言及した。
ただし、北朝鮮側が南北間の軍事的衝突を覚悟しない限り、「領土侵犯」が起きる可能性は高くない。尹大統領も「北朝鮮が再び韓国領土を侵犯する挑発をするなら」という条件をつけた。その言葉通りなら、北朝鮮側の9・19軍事合意の追加違反だけでは「効力停止を検討」する条件が満たされない。
南北関係で政府が領土侵犯とみなすのは、陸地では軍事境界線、海では北方限界線(NLL)の侵犯だ。昨年10月14日に行われた北朝鮮の北方限界線北方の東海(トンヘ)・西海(ソヘ)海上緩衝区域内の砲射撃は9・19軍事合意違反だが、領土侵犯ではない。一方、昨年12月26日、ソウルの北側上空まで飛んできた北朝鮮の「小型無人機事態」は領土侵犯に当たる。昨年11月2日、北朝鮮が発射したミサイルが東海の北方限界線を越えて公海に落ちた時、尹大統領はフェイスブックに「実質的領土侵害行為」だという書き込みを残した。
問題は、尹錫悦政権発足以後南北が互いを敵とみなし、裏切り(合意違反)に報復で対抗する「ティット・フォー・タット(応報戦略:やられたらやり返す」)と「やれるものならやってみろ」といった「チキンゲーム」の泥沼に陥っているという事実だ。
大統領室関係者は同日、本紙の取材に対し、「北朝鮮の挑発に対して圧倒的な対応をしてこそ、北朝鮮の挑発意志を無力化できるとの判断によるもの」だと述べた。南北首脳が直接乗り出して「意地をかけた対決」を繰り広げているわけだ。昨年11月2日、北朝鮮が発射したミサイルが東海の北方限界線以南の公海に落下し、鬱陵島(ウルルンド)地域に空襲警報が発令されたことを受け、韓国が戦闘機を出撃させて空対地ミサイル3発を「相応の距離に海上精密射撃」した状況が代表的な事例だ。同日、南北はいずれも9・19軍事合意に違反した。そのような背景から、専門家たちは9・19軍事合意の効力停止を検討するという尹大統領の「警告」を金総書記が真剣に受け止める可能性は低いと予想している。
専門家たちは武力示威を続ける北朝鮮が「(北方限界線など)『グレーゾーン』の挑発に出る危険性が高い」と懸念している。もし金総書記が大統領の設定したレッドラインに触れるつもりなら、その対象は陸地の軍事境界線側よりは海の北方限界線側である可能性が高いとみられている。軍事境界線の侵犯は国際法的効力を持つ停戦協定違反だが、北方限界線は国連軍司令官が一方的に宣言した線であるため、北方限界線の侵犯は休戦協定違反ではないからだ。