9日に行われた法務部長官候補のハン・ドンフン氏に対する人事聴聞会では、予想通りハン氏の娘の「虚偽経歴」疑惑をめぐり集中的な検証が行われた。ハン氏は具体的な疑惑すら「左遷されていてよく知らなかった」と返答を避けながらも、「恩恵を受けたのだから、娘には一生奉仕して生きなければならないと強調している」と低姿勢を示した。しかし共に民主党は、ハン候補者が最高検察庁の反腐敗・強力部長を務めていた時期に主導した2019年のチョ・グク元法務部長官候補の家族に対する徹底捜査を指摘しつつ、「尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権は他者に厳しいくせに自分に甘い」として攻勢を強めた。
この日午前「検捜完剥(検察捜査権の完全はく奪)」という用語の使用をめぐって紛糾した人事聴聞会は、午後に入ってハン氏の娘の虚偽経歴疑惑へと対決の場を移した。ハン氏は娘に関する疑惑について「娘は未成年だ。標的にされて以来、耐えがたい攻撃を受けているため、非常にショックを受けている」と答えた。すると、チョ元長官の家族の似たような疑惑に対して集中的な捜査を行ったハン氏の相反する態度が俎上に上った。
検察捜査権-起訴権分離法案の処理のために民主党を離党したミン・ヒョンベ議員は「70回を越える家宅捜索など、チョ・グク捜査は過剰捜査だった」と指摘した。これに対しハン氏は「厳しい条件の中で最善を尽くしたと思う。過剰捜査ではなかった。当事者が陰謀論を展開し、世論を動員して捜査チームを攻撃したため、集中的な捜査をせざるを得なかった」と述べた。早くから容疑を認めていたなら、追加捜査は必要なかったはずだとの説明だ。「世論をもてあそんだのはハン候補なのではないか」との反論に対して、ハン氏は「(民主党は)チョ・グク事態について謝罪したと認識しているが、ではチョ・グク捜査はすべきではなかったのか」と問い返した。
未成年の日記帳の押収も問題となった。民主党のキム・ヨンミン議員がハン氏の娘に対する捜査の必要性を主張しつつ「チョ元長官の娘の日記すら押収した」との趣旨から問うと、ハン氏は「その時、チョ元長官の娘は30歳だった。当時、捜査チームに聞いてみた。 日記帳は押収したことがないという。その認識は間違っている」と述べた。そして「70回の家宅捜索も場所のことを言っているのであり、70回ではない」と語った。これについてチョ元長官はこの日、自身のフェイスブックに「娘の中学生時代の日記帳は(捜査チームが)現場で返したが、高校生時代の日記帳は押収していった」と記した。これに対しハン氏は「(押収したのは)日記帳ではなく手帳、日程表だった」と述べた。ハン氏はその後も、この問題を重ねて問われ「チョ元長官事件は誰が見ても同一線上に置いて見られる問題ではない」と主張した。
一方、ハン氏は検察の過去の捜査形態について謝罪する考えはないのかとの問に対し、突如「かつては民主化運動をしていたケースでも民間人を拷問した人もいた。昔、そのようなことがあったからといって、民主化運動全体を非難したりはしないではないか」と述べた。ハン氏が具体的な例をあげなかったため、その後、代わりに検察出身のユ・サンボム議員(国民の力)が1984年の「ソウル大学フラクチ事件」の新聞記事のパネルを持ち出しもした。