韓国大統領に当選した尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏は「経歴27年の検事」から大統領選挙に直行し、わずか1年で大韓民国の第20代大統領に当選した。政治への第一歩を「大統領職への挑戦」で踏み出し、すぐに当選するという、韓国政治史の新記録を打ち立てた。
政界への入門から当選まで常に一番手を走った背景には、不動産政策の失敗による民意離れ、政権与党の自己正当化に対する批判などがある。文在寅(ムン・ジェイン)政権と対立して存在感が増した尹氏が政権交代の「適任者」として受け入れられ、同氏は昨年8月、“空き地”であった国民の力に入党し、党員の全面的な支持を足場としてついには大統領当選に至った。1987年体制以降、大韓民国が初めて経験する「当選回数0」の大統領の将来に対しては、期待と懸念が共存する。
「脛に傷」も容認した「政権交代世論」
検察総長を退いて371日目となる日に、尹氏は大統領に当選した。金泳三(キム・ヨンサム)、金大中(キム・デジュン)両元大統領がそれぞれ国会議員当選9回と6回、盧武鉉(ノ・ムヒョン)、李明博(イ・ミョンバク)両元大統領は2回、朴槿恵(パク・クネ)前大統領は5回。文在寅大統領も第19代国会を経て大統領府入りした。数年から数十年の政治訓練を経た後に最高権力を得た歴代大統領と尹氏が最も異なる点だ。尹氏は選挙運動期間中、新人政治家としての長所を掲げ、「誰にも政治的負債を負っていない」「ひたすら国民に対してのみ借りがある」と強調した。既存の政治に対する不信と、怒れる民意の政権交代世論が、政治の新人に最高権力を与えたのだ。尹氏は政界入り後、文在寅政権とつばぜり合いを繰り広げながら政権交代世論を余すところなく吸収し、有力候補となっていった。選挙期間中つねに同氏の後をついて回った夫人や義母のリスク、シャーマニズムをめぐる批判、告発教唆疑惑などの様々な欠格事由が浮き彫りになったが、政権交代世論はこれを全て容認した。
そのため、尹氏が大統領としての資質と能力を認められ、大統領選挙で勝利したと判断するのは難しいように思える。新人らしく改革的で新しい主張を示したのかという問いにも疑問符がつく。政治的中立性を損なったとの批判を解消できないまま検察総長を退き、直ちに大統領選挙に挑戦して当選したことが、むしろ「毒」になる可能性があるという指摘もある。朝鮮大学のチ・ビョングン教授(政治外交学)は「政治的訓練や計画の期間を取っていない状態で、特に公安機関の長から直に野党第一党の大統領候補、大統領にまでなったことについては懸念が大きい」と指摘する。
選挙運動期間中に明らかになった尹氏のメッセージと哲学についても、憂慮を示す声が強かった。尹氏はジェンダー、理念、階級対立を解消する方向というよりも、助長する方向へとメッセージを集中しており、「分断」戦略を選挙に露骨に取り入れたという批判も相次いだ。「週120時間であってもしっかり働き、その後に思う存分休むべき」、「極貧生活を送って学んだことがない人は自由の何たるかも分からない」という発言で、企業・資本側に傾いた歪んだ意識をあらわにしており、弱者に対する配慮、差別排除、少数者などについては疎かな態度を示した。北朝鮮や中国に敵対的なメッセージを発したことで、今後のグローバル多国間外交の舞台で意味ある役割を果たせるのかについても懸念が生じている。専門家は、支持層の結集に死活をかけた右翼的行為から国民統合への旋回を、尹氏の最優先課題としてあげた。韓国社会世論研究所のイ・ガンユン所長は「大統領選挙を前にして、統合を主張するのではなく、女性家族部廃止などを前面に掲げた『果敢な』選挙運動だった」、「20~30代の男性支持層を中心に効果をあげたが、大統領職の最優先課題が国民統合であることは覚えておくべきだった」と指摘した。チ教授も「任期開始後、本人が作り出した対立の軸の緩和に努めるべき」と強調した。
「妥協よりは命令」の検事のリーダーシップ…協働統治は可能か
尹氏は2024年の総選挙までの少なくとも2年1カ月の間、現在の国会構成どおり172議席を占める共に民主党を相手にしながらリーダーシップを発揮しなければならない。任期開始と同時に、少数与党政局にあって国政運営の必須要素である対議会政治力を立証しなければならないのだ。
こうした環境は尹氏にとって統合と外延を拡大する動機になり得るが、ややもすると任期序盤の国政運営の動力を失い、「植物大統領」へと転落する危険要素でもある。政府組職改編と組閣、立法・予算案など、尹氏の足を引っ張る可能性がある事項が少なくないからだ。汎野党陣営がリードする「法案可決」を見守らなければならないかもしれない。尹氏も「植物大統領」になる懸念を払拭するために、現場遊説のたびに「良識ある民主党の方々との素晴らしい協働統治を通じて国民統合を実現し、この国の経済繁栄を成し遂げたい」とのメッセージを強調している。
しかし議会政治の経験が全くない同氏が「初心者の協働統治」に成功するかは未知数だ。慶煕大学公共ガバナンス研究所のチェ・ジンウォン教授は「躍動性のある大統領制の下で尹氏特有の突破力を示す可能性もあるが、現在のところはリスクも大きいように思える」とし「少数与党の局面で民主党を無視することはできず、統合に失敗すれば支持率の墜落や植物大統領への転落という危機を迎えうる。好むと好まざるとにかかわらず、尹氏が国政を運営していくためには、民主党との妥協は避けられないだろう」と指摘した。
弾劾されてもわずか5年で政権獲得…20~30代男性の保守化に注目
尹氏個人の当選と同様に注目されるのは、大統領弾劾を経た保守政党がわずか5年で最高権力を持つ与党へと「回帰」したという点だ。1987年の大統領直接選挙制への改憲以降、ハンナラ党と民主党系列の政党は10年周期で政権を交替しあってきたが、今回はそのルールが破られた。
弾劾後、それこそ焦土と化した保守野党がわずか5年で与党として復活したことは、共に民主党にとっても示唆するところが大きい。チ教授は「保守勢力の誤りを克服する新たな政治勢力が生まれたわけではない。『相変わらずのセヌリ党』に国民が投票したということは、民主党政権に対する国民の不信が反映されていると説明される」と指摘した。
国民の力の蘇生のなされ方が、内部改革ではなく外部からの「輸血」だったということも、限界としてあげられる。チェ教授は「大統領弾劾後に分裂、再統合する様々な過程を通じて、わき上がる政治不信がユン当選者を中心として進化し、大統領当選まで成功させた」とし「保守政党がこれまで何度も失敗してきた内部改革が、結局は『外部からの輸血』によって変わるというあり方へと進化したという点は、政党の歴史においてはある意味痛々しい場面」だと指摘した。チ教授も「韓国の政党が国民の代表者を育成するうえで本来の機能を果たせていないということは、反省すべき」と指摘した。
イ・ガンユン所長は、不公正に対する反発に根を持つ20~30代男性の保守性向が、今回の大統領選挙のもう一つの特徴だと説明した。尹氏を前面に押し立てた「新保守の登場」だとも述べた。イ所長は「既存の太極旗保守や強硬保守とは異なる、新保守勢力がもたらす社会的波紋に注目すべきだ」とし「尹氏が常に掲げてきた公正という価値が新政権でどのように投影されるかに、彼らの結集がかかっている。引き継ぎ委員会の構成や尹錫悦政権の最初の人選過程などを通じて確認できるだろう」と述べた。