差別禁止法が早期に実現していたなら、ピョン・ヒス元下士(23、下士は軍の階級名)は性別適合手術の後も軍に残って戦車を操縦できていただろうか。その可能性は大きい。
差別禁止法は「合理的な理由なしに」性別、障害、人種、宗教、性的指向、性別アイデンティティなどを口実として、雇用や教育・行政サービスの利用などで誰かが不利に扱われる「差別」を防ぎ、是正させる法だからだ。
性別適合手術を受けたという理由で陸軍から強制除隊させられたピョン元下士が先日、自ら命を絶ったというニュースが伝わったことで、差別禁止法の制定を求める声が高まっている。正義党は4日、「ピョン元下士の死に対し、300人のすべての国会議員が責任を痛感してほしい」とし、国会のチャン・ヘヨン議員室前にピョン元下士を追悼する場を設けた。共に民主党のクォン・インスク議員も同日、フェイスブックに「本当に申し訳ない。遅々として進まない平等法、差別禁止法についても申し訳なく思う」と書いている。
差別禁止法についての国会での論議は、十数年間も足踏み状態だ。正義党が昨年6月に発議した「差別禁止法案」も法案審査を一度も受けておらず、国会法制司法委員会で止まっている。民主党のイ・サンミン議員が準備中の「平等および差別禁止に関する法律案」にも弾みがついていない。イ議員はこの日、本紙の電話取材に対し「党内にも性的マイノリティー問題を避けようとする人が多く、差別禁止法制定も歓迎される議題ではないため、せめて持てる力を最大限結集せねばならない」と述べた。
これまでイ議員は、プロテスタント界をできる限り説得してから法案を提出するとして、発議計画を数回にわたり延期してきた。毎回プロテスタント界の反対で差別禁止法案が座礁してきた経験を教訓として、歩みは遅くとも説得過程を経るべきとの趣旨からだった。イ議員は「特定宗教の本質的教理に則った宗教行為は差別と考えない」との趣旨の例外条項を盛り込んだ妥協案も提示したが、プロテスタント界の態度には変化がなかった。むしろプロテスタント界の反仏教行為に苦しめられてきた仏教界が「プロテスタントの機嫌をうかがうような法案」だとし、「国家人権委員会の原案」どおりの制定を求めたほどだ。
政界では、今回のピョン元下士の悲劇を契機として「正面突破」へと戦略を修正すべきとの声も出ている。イ議員は「プロテスタント界の態度に変化はなく、例外条項を設ければ、当初は差別禁止法に賛成していた仏教界が反発する」とし「例外条項は外し、条項をさらに修正して、4月の補欠選挙後に発議する予定」と述べた。
イ議員の法案には、民主党と開かれた民主党の20人あまりの議員が共同発議者として名を連ねている。当初、イ議員は100人以上の共同発議者を集めてプロテスタント界の反発を「突破」しようとしたが、議員たちが地元選挙区の大型の教会の顔色をうかがっていたため、かなり前に挫折している。イ議員は現在、共同発議に参加した議員がプロテスタント界の攻撃の標的となることを懸念し、発議者名簿も公開していない。