8日に韓国の裁判所が国際慣習法上の主権免除(国家免除)の原則を破り、日本政府に日本軍「慰安婦」被害者への賠償を命ずる判決を下してからというもの、韓日両国で同判決の影響を懸念する声が出ています。でも、少しじっくり考えてみましょう。問いたいのは、この判決が本当に韓日関係を2019年の秋のような激しい衝突へと追い込むのだろうか、ということです。
まず、日本の動きを見てみましょう。外務省の秋葉剛男事務次官は判決当日、ナム・グァンピョ駐日韓国大使を呼び、「極めて遺憾であり、日本政府として(判決は)断じて受け入れられない」という強い抗議の意を伝えました。続いて午後には菅義偉首相が記者団に対し、「我が国としては、このような判決が出されることは断じて受け入れることはできない」との意向を改めて明らかにします。翌日9日、日本のメディアは政府当局者の話として、「日本政府が国際司法裁判所(ICJ)への提訴を検討している」と報じ、自民党外交部会は15日の会議で、政府に対抗措置を取るよう求める決議文を採択しました。
この判決に対する韓国政府の立場も、判決当日の8日の「外交通商部報道官談話」で公式化されます。その冒頭で政府は「裁判所の判断を尊重して、慰安婦被害者の名誉と尊厳を回復するために韓国政府がなしうるあらゆる努力を行っていく」という原則論的な立場を伝えた後、続いて「2015年12月の韓日政府間の慰安婦合意(以下『12・28合意』)が両国政府の公式な合意であることを想起する」という表現を用います。
文在寅(ムン・ジェイン)大統領は2017年12月28日の12・28合意を再検討する調査報告書が公開された後に、「この合意によって慰安婦問題が解決されたとは言えない」という立場を明らかにしています。もちろん、当時も「合意が政府間の公式の合意であることは否定できない」と言及してはいますが、その後「和解・癒し財団」が解散するなど、合意を無力化する作業を続けてきたことも事実です。そのようなことから、政府談話に12・28合意に対する言及が再登場したということは、慰安婦問題に対する政府の立場が強硬な「原則論」から「現実論」へと旋回したことを示すものだと評することができます。これを証明するように、「報道官談話」でさらに政府は「この判決が外交関係に及ぼす影響を綿密に検討し、日韓両国の建設的かつ未来志向的な協力が続くよう、あらゆる努力を傾けていく」と結論付けています。
文在寅政権は、昨年9月の菅政権発足以降、今年7月に予定される東京五輪を朝鮮半島平和プロセスを再稼働させる「平和五輪」として活用するため、韓日関係の改善を試みてきました。文在寅大統領が14日に新任のカン・チャンイル駐日韓国大使に伝えた「時に問題が生じるとしても、その問題によって未来志向的に発展すべき両国関係全体が足を引っ張られてはならない」との言葉や、18日の新年の記者会見で述べた、この判決に「率直に行って少し困惑したのは事実」との発言は、このような基調を再確認するものです。
それではまた上の問いに戻ってみましょう。慰安婦判決は、強制動員被害者への賠償を命じた2018年10月の判決のように、韓日関係を破綻へと追い込むことになるのでしょうか。結論から言えば、そんなことにはならないだろうと予測することができます。韓国内の多くの専門家が、韓日の摩擦を避けるために国際司法裁判所の紛争解決手続きに従おうと言ったり、「くみしやすい日本を相手に行くところまで行きついた韓国司法の冒険主義は、完全に別の次元に踏み込んでいる」(「朝鮮日報」のソン・ウジョン副局長)との懸念の声をあげたりしています。しかし、本判決を支持する「正義の視点」ではなく、「現実外交的視点」に立つとしても、本判決について我々が大きな過ちを犯したかのように、過度に大げさに騒ぎ立てたり姿勢を低くしたりする必要はないと私は判断します。
どうしてそう思うのか、ですって?
韓日関係を荒波の中へと追い込んだ最高裁判決以降の状況を振り返ってみましょう。韓国の最高裁は2018年10月、日本製鉄などの日本企業に対し、過去の植民地時代に強制労働をさせた韓国人被害者への、1人当たり1億ウォン(約943万円)の賠償を命ずる判決を下します。その際も日本政府は判決を強く非難し、決して受け入れられない旨の談話を発表します。しかし、日本政府がこれに対して具体的な報復措置をとったのは、それから実に8カ月もたった2019年7月でした。今もみなさんの記憶に生々しい、半導体の生産に欠かせないフッ化水素などの3つの物質の輸出規制などの措置でした。
日本政府はなぜ、すぐに報復に出ずに8カ月も待ったのでしょうか。この判決は、強制動員の被害者たちが、自分たちの若い時代に耐え忍ばねばならなかった厳しい労働に対して、具体的な賠償と補償を命ずることを内容とするものでした。このとき重要だったのは、被害者原告が「実際に賠償を受けること」でした。そのため原告団は日本企業の韓国内資産を差し押さえ、これらの資産を売却する、いわゆる「強制執行手続き」に取り掛かります。日本政府としては、自らが「受け入れられない」と判断した裁判の結果として、日本企業に「実際の被害」が生じたのです。日本政府はこのような状況を避けるため、韓日請求権協定3条1項に基づき、2019年1月9日に「外交協議」を要請し、続いて5月20日に、今度は3条2項に基づき「仲裁」を要請します。しかし当時、朝米核協議にあらゆる外交力を集中していた文在寅政権は、日本政府の要請を無視します。その結果発生したのが2019年7月の報復です。つまり、日本政府が報復措置を取ったのは、判決そのもののためではなく、原告が進めた強制執行と韓国政府の「意図的無視」のためだったのです。
本当か、ですって? 日本政府が仲裁を要請した翌日、2019年5月21日の河野太郎外相の記者会見の内容を見てみましょう。
「1月9日に、韓国に対して請求権協定に関する協議の申し入れをした。韓国側ではイ・ナギョン総理がこの問題の対応のとりまとめ役を行われているということなので、日本側としてはイ・ナギョンさんの対応のとりまとめを、ある面、支える意味で少し抑制的な対応をしてきたつもり。多少時間がかかるだろうということは覚悟していたし、しばらく、4か月以上待ったが、先日そのイ・ナギョン総理が『韓国政府ができることには限界がある』というような発言をされた。それを聞くと、我が方としてもこれ以上待つわけにもいかないということから、仲裁手続き、仲裁付託ということを通告するに至った。(中略)万が一、日本企業に実害が及ぶようなことがあれば、日本政府として必要な措置をとることになろうと思う」
つまり、日本政府が動いたのは、判決そのもののためではなく、韓国政府の無対応と日本企業に実際の被害が及ぶのではないかという懸念のためだったということです。
今回の慰安婦判決はどうでしょうか。強制動員訴訟とは異なり、今回の慰安婦訴訟は、被害者たちが日本政府から金を受け取るために始めたのではありません。被害女性たちは長きにわたる水曜集会の歴史の中で、自らが長い闘争に立ち上がったのは「金のためではない」と強調してきました。日本政府が8日の判決の趣旨を受け入れ、慰安婦制度が「日本が組織的かつ計画的に運営した国家犯罪」であるという事実を認めれば、その時点で全ての対立は解消され得ます。つまり、被害者やその遺族には、日本政府の財産を実際に探し出して、差押え・売却などの強制執行手続きを開始する意志はないのです。被害女性たちが願うのは金ではなく、歴史的な正義だからです。
そう言ってるだけじゃないのか、ですって? 現在進行中の慰安婦裁判は2件です。8日に判決が出た第1次訴訟の原告(遺族含む)は12人、3月24日に弁論期日が延期された第2次訴訟の原告は20人です。この32人のうち、かなりの人が、12・28合意によって作られた和解・癒し財団から1億ウォンを受領しています。普段から歴史的な正義を強調してきた被害女性たちが、財団からも支援金を受け取りつつ、この判決で金を受け取るために「他国の国家財産に対する強制執行」という無謀な行いをするとは考えにくいのです。実際にイ・ヨンスさんは16日付の「朝鮮日報」のインタビューで、「日本の首相が公開の場に出て来て、世界中がみな聞くようにして被害者に直接謝罪すべきです。そのようにさえすれば、私は何も必要ありません。金の話はしたこともありません。今からでも謝るのであれば裁判(損害賠償訴訟)も取り下げるつもり」と述べています。第2次訴訟の原告代理人であるイ・サンヒ弁護士も「日本政府が判決の趣旨を受け入れればよい。被害女性たちがほしがっているのは金ではなく歴史の正義」と述べています。
それでは、日本政府の立場はどうでしょうか。原告が強制執行を行わないのに、むやみに韓国に対する報復措置を取るでしょうか。それはありません。今月15日の茂木敏充外相の記者会見の内容を見てみましょう。
「今般の対日訴訟判決については、先日も申し上げたとおり、国際法上も二国間関係上も、到底考えられない、異常な事態が発生したと極めて遺憾に捉えている。このことについては、9日、私からカン・ギョンファ韓国外交部長官に対し直接電話をして、強く抗議をした。そして抗議だけではなくて、日本政府としては、韓国が国家として、国際法違反を是正するために適切な措置を早急に講じることを強く求めたところで、引き続きあらゆる選択肢を視野に入れて、毅然として対応していきたい。
(質問:「あらゆる選択肢」というのは、いわゆる報復措置も含めていると認識してもよろしいでしょうか。)
多分、報復措置と言うと、日本が何かやられていることに対して対抗措置を取るということだが、(今言っているのは)決してそういうことではなく、今、韓国が国際法違反の状態を起こしている、それに対して是正を促すということであり、それを報復とは言わない」
茂木外相は、報復措置は日本が「やられた場合」、つまり直接的被害を受けた場合に取るもので、そうでない以上は行う意思はない、と答えています。原告団が強制執行手続きを行わない限り、日本が先に動くことはないでしょう。そして、原告に強制執行を行う意思はありません。
結局、今月8日の判決による韓日の対立は、「静かな対峙」として長期化する可能性が高いのです。韓国の原告はこの判決により、1991年8月のキム・ハクスンさんの初の証言から30年にわたる長い闘争の末、日本政府に「法的責任」があったことが韓国の裁判所から認められました。そのような意味において、この判決は、長い慰安婦闘争の最後を飾る「象徴的な判決」と言えます。日本政府も、本人たちが「最終的かつ不可逆的に解決された」と主張してきた慰安婦問題の解決に向けて、国際司法裁判所に持ち込むという無茶はしないでしょう。