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熱帯びる「新型コロナ」ワクチン開発競争…「囚人のジレンマ」がやって来る

登録:2020-04-29 02:08 修正:2020-04-29 14:03
新型コロナ感染者が4カ月で300万人に迫る 
長期戦の可能性が高まり、ワクチンが急務 
米、中、英、独「世界初の開発」挑戦 
中国5件で最多…世界に先駆け「臨床第2相」 
韓国も10あまりの企業や機関が取り組み 
 
遺伝子工学を基に開発日程を繰り上げ 
使用経験なく安全性は断言できず 
「年内緊急使用」目標にスピード違反の懸念も 
ワクチン完成後は需給不均衡が問題 
協力通じ「皆の利益」得る方法を探るべき
米国、中国、英国、ドイツでこれまでに10件を超えるワクチン候補が臨床試験に入った=メルク提供//ハンギョレ新聞社

 「我々のすべてをつぎ込んで、世界初の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチン開発国になる」

 英国の保健相マット・ハンコックが17日、オックスフォード大学がワクチンの臨床試験に入ったことを発表しつつ発した言葉だ。未曾有の事態に臨む覚悟が込められている。オックスフォード大が23日に開始したCOVID-19ワクチン臨床第1相試験には、18~55歳の健康な成人510人が参加する。これまでに進められてきた臨床試験の中で規模が最も大きい。英国は18世紀末、種痘法によって世界初のワクチンを作り出した国だ。ドイツのバイオエヌテックも22日、4つのワクチン候補に対する臨床試験の承認を受けた。

 米国と中国に続き、英国とドイツが臨床試験に入ったことで、COVID-19ワクチンの開発競争が熱を帯びてきている。臨床試験に入った候補はすでに10を超えた。それぞれ「世界初」を決意しつつ、ワクチンの覇権を争う様相を呈す。その背後にはワクチン宗主国の英国と欧州の盟主ドイツのプライド、初期対応に失敗した中国と11月に大統領選挙を控えた米国の政治的動機も垣間見える。中国の動きが最も活発で、すでに5つの候補が臨床試験に入っている。

 COVID-19の感染者数はわずか4カ月で300万人に迫ろうとしている。中央防疫対策本部のチョン・ウンギョン本部長は「COVID-19は流行と沈静化を繰り返しつつ、冬になるとウイルスが生じやすい環境となり、大流行へとつながる可能性がある」と述べた。長期戦を覚悟しなければならないということだ。このような状況では、治療薬ではなくワクチンこそ根本的な対策だ。

 ワクチンとは、体内で抗体を作り出す医薬品だ。伝統的なワクチンは実際のウイルスを利用した。毒性を下げたり、なくしたりしたウイルスを体内に注入し、疾患を誘発せずに免疫反応のみを引き起こす方法だ。このような方式は効果こそ大きいものの、時間がかかるという欠点がある。そのため、事態の沈静化が急がれるCOVID-19では、速くて容易に作れる遺伝子工学の技法がワクチン開発の主軸を成す。その中でも最新の技法は、抗原となるタンパク質を作る遺伝子を注入する核酸ワクチンだ。遺伝物質を注入して抗原を生産し、これが細胞内で免疫反応を起こすようにする方式だ。

 米国で臨床試験が行われているモデルナ・セラピューティクスとイノビオ・ファーマシューティカルズのワクチンが代表的な例だ。モデルナのワクチンはRNA(リボ核酸)を利用する。ウイルス表面のスパイク(突起)タンパク質の遺伝情報を持つ伝令RNAを体内に入れ「偽スパイクタンパク質」を作って抗体生成を誘導する。スパイクタンパク質は、ウイルスが人体に侵入する道具として使う物質だ。今年3月、世界で最も早く臨床試験に突入した。4月初めに臨床試験に入ったイノビオのワクチンはDNAワクチンだ。プラスミドDNA(抗原となるタンパク質を作る遺伝物質)を利用する。

 核酸ワクチンは、実際にウイルスを使っていないため安全だというのが長所だ。ウイルスを培養する必要がなく、生産も容易だ。問題は、人間に使用した経験がないということだ。安全性と効果が検証されていないのだ。オックスフォード大ジェンナー研究所のエイドリアン・ヒル所長は「自動車は作ったものの、その車が走れるかどうかはまだ分からないのと同じだ」と話す。

 中国で臨床試験中の5つのワクチン候補のうちの3つも遺伝子工学の技法を用いたものだ。毒性をなくした他のウイルスにCOVID-19ウイルスの特定タンパク質の遺伝子を組み入れて免疫反応を引き起こす。他のウイルスの遺伝子を組み換えてベクター(運び屋)として用いることから、組み換えベクターワクチンと呼ぶ。中国のカンシノバイオロジックスが開発したワクチンは、風邪の病原体であるアデノウイルスを運び屋として用いている。カンシノは最近、世界で初めて臨床第2相試験に入った。臨床第1相開始からわずか1カ月でのことだ。

 韓国では現在、韓国化学研究院などの10あまりの企業と機関がワクチン開発に取り組んでいる。しかし、まだ臨床試験の段階に入ったところはない。わずかに、国際ワクチン研究所と国立保健研究院が、6月にイノビオのワクチンの臨床試験を国内で行うという計画を発表した程度だ。

 ワクチンを開発するには普通10年以上かかると言われる。史上最も早いといわれるエボラワクチンも5年かかっている。しかしCOVID-19ワクチンは各国政府、企業、国際機関の全面的な支援を受けており、より早く出てくる可能性がある。国際機関は資金面で、政府は迅速な承認手続きで支援しており、企業は一部の試験を省いたり、同時多発的に行ったりして日程を短縮しようとしている。イノビオは秋までに臨床試験を終え、年末までに100万人分を作り、緊急使用できるようにする計画だ。モデルナも今年中に臨床第3相試験を終える計画だ。中国のカンシノは、秋にも臨床試験をすべて終えるという目標を掲げる。世界保健機関は、困難はあるだろうが12~18カ月後には製品化されたワクチンが出るだろうとの期待を示している。エボラワクチンで臨床第1相から第3相までにかかったのが10カ月だったことを考慮すれば、不可能な目標ではない。

中国のカンシノバイオロジックスの試験用ワクチン//ハンギョレ新聞社

 もちろん、これはあくまでも開発と試験が順調に進められた場合の話だ。国際ワクチン研究所のジェローム・キム事務総長は、22日に開かれたKAIST(韓国科学技術院)の国際フォーラムで「ワクチン候補のうち動物実験や臨床試験の段階に進むのは7%で、ここでも10に1つが成功するかどうか」と述べた。現在の開発速度からみれば、夏頃にはどのワクチンが実際に接種できるようになるか、輪郭が明らかになるものとみられる。

 しかし、スピードの出しすぎを懸念する声も少なくない。安全性の検証をないがしろにした場合、ワクチンがかえって致命的な毒になりうるという理由からだ。例えば、1950年代のつわりの緩和薬「サリドマイド」は、1万人あまりの胎児にサリドマイド胎芽病を引き起こした。動物実験の結果のみを信じて臨床試験をないがしろにした結果だった。韓国科学技術団体総連合会が大韓民国医学翰林院、韓国科学技術翰林院とともに今月17日に開いた「COVID-19治療薬およびワクチンの開発はどこまで来たか」と題するオンライン共同フォーラムに参加した専門家は、安全性により重点を置くべきだと語った。パク・ヘスク教授(梨花女子大学医学部予防医学教室)は「COVID-19の場合、ワクチンの緊急性は非常に高いが、科学的設計と評価なしに行われれば、より大きな危険をもたらしうる。ワクチンに対する審査は、社会からの圧力ではなく安全性を基盤としなければならない」と強調した。

一般の新薬開発段階と新型コロナワクチンの候補//ハンギョレ新聞社

 ワクチン開発の成功後にはもう一つの大きな壁がある。需給の不均衡をどう処理するかという問題だ。COVID-19ワクチンの需要を満たすには数十億人に投与する量が必要だ。相当期間、生産能力が需要に追いつかない可能性が高い。需給不均衡は紛争を招く可能性がある。限られた量で最大の効果を出すには、高リスク集団にワクチンを供給するのが上策だ。しかし製造国の立場からすれば、それとは関係なしに、まず自国民を助けようとするだろう。これは結果的に、全世界がさらに大きな被害を被る状況をもたらしかねない。感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)のリチャード・ハチェット代表は英経済誌『エコノミスト』のインタビューで、世界が「囚人のジレンマ」に陥っていると述べた。「囚人のジレンマ」とは、二人の犯罪容疑者が苦しい選択を迫られる状況をいう。二人とも黙秘権を行使すれば2人とも軽い処罰で済む。自白をすれば自分は釈放され、もう一人は罪を着せられる。では、二人がそれぞれ釈放されるために自白したとしたら? かえって2人とも重い処罰を受けることになる。ハチェット博士は、どのワクチンが実際に有望なのか不確実な今は、まさに二人の囚人が置かれている状況と同じだと話す。今この時こそ、世界的な協力を引き出せる最適な時期ということだ。同氏は「どんなワクチンが有望なのか明らかになればなるほど、全人類の観点ではなく国家的利害関係が力を得る」と警告した。人類がCOVID-19の泥沼から抜け出すカギは、各国が政治的計算からどれだけ抜け出せるかにかかっているという指摘だ。

クァク・ノピル先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/science/technology/942113.html韓国語原文入力:2020-04-2704:59
訳D.K

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