Aさんは昨年、付き合っていた男性との間に子どもができ、中絶手術を受けた。その事実を知った男性から暴言と脅迫が始まった。「お前は殺人鬼だ。お前を告訴する」と連絡してきたが、ついに今年初めに警察署に行き、Aさんを堕胎罪で告訴した。憲法裁判所(憲裁)が「堕胎罪」処罰条項憲法不合致決定を下した後だったが、警察はこれを知らずに告訴を受理し、Aさんに「堕胎罪違反の疑いで調査を行う」と通告してきた。Aさんは当惑し、ある女性団体に事情を訴え、相談を要請してきた。
昨年4月11日に憲裁で「堕胎罪」処罰条項の憲法不合致決定が出てからまもなく1年になるが、国会が代替法案を先送りにしている間にも、妊娠中止を望む女性たちは危険にさらされ続けている。国会は今年末までに「堕胎罪」の処罰条項を改正しなければならないが、憲裁の決定後に発議された法案は、正義党のイ・ジョンミ議員の「妊娠14週以内の制限なしの妊娠中止」改正案一つに過ぎず、これさえも第20代国会の任期が終われば自動的に廃棄される。保健福祉部なども特にガイドラインを出していない。
このため、インターネットなどには「ミフェジン(世界保健機関(WHO)が安全性を検証した中絶薬)残ってるのだけでも買います」、「妊娠9週目で急いでいます。助けてください」と非正規のルートで薬物を求める書き込みが随所に掲載されている。政府のガイドラインがないため、女性たちはどの病院に行けば手術を受けられるのか分からず、混乱しているという反応も出ている。韓国保健政策研究院が行った「2018人工妊娠中絶実態調査」によると、15~44歳の女性1万人のうち756人が人工妊娠中絶をしたことがあると答えている。妊娠経験のある女性の19.9%にのぼる。韓国女性民友会で活動する「ノセ」さんは「憲裁の決定前と同様に、中絶手術を受けられる病院や薬を求める問い合わせが絶えず来ているが、制度的な改善が行われていない状況で民友会が助けられる部分は微々たるもの」と説明する。
コロナ禍も状況を悪化させている。「ウィメン・オン・ウェブ」や「ウィメン・ヘルプ・ウィメン」などの海外の市民団体は、全世界の女性に流産誘導剤を提供してきたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によってアジア地域への供給が滞っている。「社会的距離措置(ソーシャル・ディスタンシング)」キャンペーンの開始後、自宅隔離状態で長い時間を共に過ごしているため、家庭内暴力が増える懸念も出ている。「性的権利と再生産正義のためのセンター・シェア」のイ・ユリム企画運営委員は「親密なパートナーや家族と、閉鎖された空間で共に過ごす時間が増えるほど、暴力の危険も高まる可能性がある。望まない性関係や妊娠をもたらし得る」と主張する。実際、フランスや米国などでは外出制限措置以降、家庭内暴力の届出件数が急増している。
結局この1年間、妊娠中止を「不法状態」として放置してきた立法府、司法府、行政府がともに責任を負うべきという指摘が出ている。憲裁の決定後、検察だけが妊娠12週以内の妊娠中止に対して起訴猶予にするという方針を明らかにしており、保健福祉部などの省庁は、まず法が作られなければ制度は構想できないという立場を明らかにしているのみだ。
女性界は「政府は法ばかりを待っていてはならない」と指摘する。「みんなのための堕胎罪廃止共同行動」のムン・ソルヒ執行委員長は「政府は妊娠中止を公共医療サービスとどう結びつけるのか、国の医療保険を適用するのかを検討し、海外の流産誘導薬物を調査するなど、法改正前から徹底的に準備すべき」と述べた。