北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が南北関係のマジノ線である「9・19軍事合意」に触れる行動を取った。南北関係が硬直している状況では、昨年平壌南北首脳会談の主な成果だった9・19軍事合意さえも“無風地帯”ではないという警告と見られる。9・19軍事合意は今年に入って履行が中断された状態だが、これまで可視的な成果を蓄積してきたことから、“逆行”が始まった場合、南北関係を越えて朝鮮半島平和プロセス全般に大きな波紋が広がるものと予想される。
海岸砲射撃が行われた昌麟島(チャンリンド)は、9・19軍事合意書で「南北が一切の敵対行為を全面中止することにした西海緩衝区域」に属する。南北は合意書で「双方は2018年11月1日から軍事境界線付近で相手を狙った各種の軍事訓練を中止することにした」と明示し、西海では南側の徳積島(トクジョクド)以北から北側の草島(チョド)以南までの水域で、砲射撃と機動訓練を中止することで合意した。この合意はこれまで忠実に守られており、西海接境地域はかつてないほど安全になったと韓国政府は評価してきた。
専門家たちは、海岸砲射撃が金委員長の指示で行われたことに注目している。金委員長が先月25日、南北協力の象徴である金剛山(クムガンサン)を訪れ、南施設物の撤去を指示したことを連想させるということだ。平壌南北首脳会談の産物である南北合意が揺らぎかねないという警告を繰り返し行動で示しているわけだ。ホン・ミン統一研究院北朝鮮研究室長は、「金委員長が南北関係の基調を、韓国側を排除するか揺さぶる方式、すなわち合意を無力化する方式に決めたものとみられる」と指摘した。
北朝鮮は実際、海岸砲を発射する場面は公開しなかった。25日の「朝鮮中央テレビ」の報道でも、金委員長が76ミリ海岸砲(射程距離12キロ)と推定される装備を幹部たちと一緒に見ている場面が流れただけだ。北朝鮮なりに刺激のレベルを調整したといえる。
南北合意に対する金委員長の揺さぶりが、北朝鮮が朝米首脳会談の期限とした年末を控えて行われている点も注目される。最近、韓米が合同空中演習を延期する過程で、朝米間で対話再開に向けたシグナルが交わされたが、その後、明らかな進展は見られない。このような状況で、金委員長が南北接境地域を訪問したこと自体が、朝米対話の膠着による影響から南北関係も自由ではないことを示している。見方を変えれば、朝米対話の進展によっては、南北関係にも改善の余地があるということになる。ク・ガブ北韓大学院大学教授は「北朝鮮は、朝米関係がどうなるかによって今後の南北関係の方向を決めるものとみられる」とし、「文在寅(ムン・ジェイン)政府に誰の見方をするのかという質問を投げかけている」と話した。
最近、南北関係は順調ではなかった。北朝鮮は昨年5月から10月まで12回にわたって、新型短距離ミサイルや超大型放射砲、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの発射実験を行った。北朝鮮は、金剛山観光の発展方向を話し合う韓国側当局の要請もすべて拒否した。
9・19軍事合意は、このように南北関係が硬直した状況で、事実上、最後に残された南北合意だ。文在寅政府が推進している朝鮮半島平和プロセスの生命力を維持している呼吸器とも言える。キム・ドンヨプ慶南大学教授は、「北朝鮮が韓国に向かって南北関係を繋いでいる最後の綱を断ち切るかどうか、返答を求めていると見られる」と話した。