登録 : 2017.04.03 23:33 修正 : 2017.04.04 07:52

朴元淳ソウル市長、市民革命の現場の意味を生かし  
車を減らし、月台など歴史復元を検討

光化門(クァンファムン)広場を民主主義市民広場に変える計画//ハンギョレ新聞社
 朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長が今回のろうそく市民革命の現場である光化門(クァンファムン)広場を国家権力の空間から民主主義の市民広場に変えると明らかにした。広場を交通島でなく歩行広場に変え、周辺の建物の低層階を広場と連携して活性化し、光化門の月台など歴史を復元するというのが核心だ。

 現在欧州を訪問中の朴市長は2日、記者団に「光化門広場が国家の象徴的な道として位相を備えるよう、中央政府とともに再構造化する」と話した。朴市長は「中央分離帯のようなかたちである光化門広場を一方に寄せるか、往復10車線を半分に大幅に減らす案などが話し合われている」と話した。朴市長は「2018年3月、光化門広場国際設計公募を目標に、5月に市民討論会を開き、8月には光化門フォーラムの主催でマスタープランを立てる」と明らかにした。ソウル市は5月、新政府が発足すれば9月から中央政府-ソウル市の合同タスクフォースを立ち上げ運営する。

 これに従い、先に光化門広場の性格が権力空間から市民空間へと転換される。このため、光化門のすぐ前は歴史を込めた広場に変え、その南側の世宗(セジョン)大通りは市民にやさしい街として造成される。現在、往復10車線の車道を半分に大幅に減らし、中央分離帯や交通島と呼ばれる広場を歩行者中心の空間に変える。また、既存の芝生や小川など様々な施設がある広場は、最大限空けて開かれた空間として運営する。

 歩行者らが楽しく快適に歩けるよう、周辺の建物の低層部を活用する案も推進する。韓国通信の建物は低層階を歩行者空間に変え、ヘチ広場と世宗路の公園など周辺の空間も掘り起こしを終えた後、市民のスペースとして造成する。広場と周辺の道と建物が分離されず、一つの空間としてつながれるようにするというものだ。

 歴史も回復する。現在、一部だけが復元された光化門の月台とヘテ像を元の場所に復元する。また、議政府と六曹のあった光化門広場の歴史の復元も検討する。教保文庫前の記念碑殿は周辺を整備し、市民たちがもっと接近できるようにする。これとともに光化門広場-光化門-景福宮(キョンボックン)-白亜(北岳)-北漢山(プッカンサン)-空とつながる景観軸も生かす。

 光化門広場は朝鮮時代に行政府である六曹がいた場所であり、通常「六曹前」と呼ばれた。日本の強制占領期間(植民地時代)には景福宮の中に朝鮮総督府が、光化門の前は京畿道庁が入った。解放後も光化門前の西には政府庁舎が、東側には米国大使館など権力機関が建てられた。その政府庁舎南側に世宗(セジョン)文化会館が建てられ、この場所の性格が変わり始めた。1990年代以降、景福宮が復元され、市民団体は光化門広場一帯を歴史文化地区に変えようと提案した。この主張は、盧武鉉政府時代に世宗(セジョン)市建設を推進し機会を得かけたが、結局世宗市が半分に縮小され、論議が中断された状態だ。

キム・ギュウォン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2017-04-03 20:27
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/789100.html 訳M.C(1375字)

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