登録 : 2016.06.17 22:17 修正 : 2016.06.18 07:58

海中で遺体収容したキム・クァノン氏 
国政監査、聴聞会証人として真相究明に情熱 
「子供たちを抱いて出てきたことが罪なのか」 
トラウマと生活苦で憂いに沈み 
セウォル号聴聞会での最後の発言が胸を打つ

2015年12月16日、4・16セウォル号惨事特別調査委員会(特調委)の聴聞会に参考人として出席したキム・クァノン氏は、激昂した声で引き揚げ作業当時の状況を証言している=Fact TVからキャプチャー//ハンギョレ新聞社
 「金を稼ぐために現場に行ったことは一度もありません。良心から行ったことが罪になるのです。いかなる災難が起きても国民を呼ばないでください。(今後は)政府がすべて処理しなければなりません」

 昨年9月、国会安全行政委員会の国民安全処国政監査現場に参考人として出席したキム・クァノン氏(43)は、激昂した声でこう話した。彼はセウォル号の惨事から一週間後の2014年4月23日、珍島近海に駆け付けた民間潜水士だった。10センチ前も見えない水深48メートルの漆黒の海で「極度の恐怖の中でもつれ合っている犠牲者の遺体を一体ずつ拝むようにして抱き上げた」として、鬱憤を爆発させたキム潜水士が17日未明、京畿道高陽市にあるビニールハウスの自宅で遺体で発見された。43歳の誕生日を3日後に控えていた。

 死因はまだ明らかになっていない。ただし、この日午前2時頃、自宅に帰ったキム氏が一人で酒を飲み、一時間後ぐらいに倒れる場面が撮られた防犯カメラ(CCTV)の映像と、現場に落ちていた薬、そして「申し訳ない」「生まれ変わったら別の姿で会おう」などと書いて知人たちに送った最後の携帯メールから、彼が自ら命を絶ったのだろうと思われるだけだ。セウォル号の(船首)持ち上げ作業中に船体の一部が毀損されるなど、船体引き揚げ作業に「赤信号」が点いた状況の中で伝えられたキム氏の死亡の便りに、セウォル号遺族たちは無念な思いを隠すことができなかった。

 「セウォル号のあの惨事を前後して人が変わったようでした」。キム氏の葬儀室が用意されたソウル市立西北病院で会ったキム氏の叔母はこう話した。惨事で亡くなった壇園高の生徒オ・ヨンソク君の父親オ・ビョンファン氏(44)が記憶するキム氏は、「常に会えば笑顔で『兄さん、兄さん』と寄ってきて冗談を言い、先に近況を尋ねる人」だった。しかし、珍島近海に駆け付けた“その日”から、亡くなる日までの787日間、キム氏の人生はさびしくセウォル号の中に閉じ込められているようだった。海洋水産部のイ・ジュヨン前長官など、責任者は常勝疾走しているが、遺体の収拾に駆け付けた民間潜水士は過失責任で検察に起訴され、「分け前にあずかった」と後ろ指をさされ、彼は「朝目が覚めればどうやって死ぬか、そればかりを考えて過ごす」(昨年のラジオインタビュー)と言うほど精神的トラウマに苦しんでいた。

 彼はセウォル号捜索作業時に無理な潜水をして、首と腰のヘルニアにかかり、肩の回転筋膜破裂と左太もものマヒ症状も体験した。こうした後遺症のために自身の本業であり生計手段でもある潜水士の仕事も続けられなくなった。夫人の営む花店の仕事と代行運転で生計をたてた。セウォル号事故の現場で一緒に遺体を収拾した潜水士のファン・ビョンジュ氏(57)は「遺体収拾作業をして負傷したのに、政府はキム氏をいったんは民間潜水士と認定したが後に翻意して水難救護費用もまともに受け取れなかった。そうしたことが繰り返されて、心に深い傷を負った」として涙を拭った。セウォル号以後、民間潜水士たちは遺族に劣らず深刻なトラウマに苦しむことになった。キム氏の同僚潜水士は「セウォル号の子供たちを水の中で一人ひとり手で抱きかかえて上がってきました。私も妻や子供たちを今でも抱くことができずにいます。肉が付いているような気がして…」と話した。

 肉体的にも経済的にも苦しい中でも、彼はセウォル号の真相究明活動に誰よりも先頭に立ってきた。亡くなる数時間前までも彼は自身のフェイスブックにセウォル号船体引き揚げ関連の便りを入れたニュースを発信し読者と共有した。昨年12月、4・16セウォル号惨事特別調査委員会の1次聴聞会に証人として出席した時は、政府の責任者が一様に「覚えていない」という返事を繰り返すと、「私は当時のことをすべて覚えている。忘れることができなくて骨身にしみているのに、高位公務員たちはなぜ知らない、覚えていないというのか」と厳しい忠告をした。

 4・13総選挙の時は「セウォル号弁護士」として活動してきた共に民主党のパク・ジュミン候補の選挙キャンプで、パク候補の随行秘書の役割を自ら買って出た。「セウォル号惨事真相究明」をやり遂げてくれる人だと考えたため」(4月のハンギョレとのインタビュー内容)だ。彼がパク議員に望んだことは「遺族たちの悔しさを晴らした後でいいので、潜水士の話も一度だけ聞いて欲しい」ということだった。

 セウォル号の真相究明作業がまともになされてもいないのに、政府がセウォル号特別調査委員会の活動の早期終了を既定事実化して、彼は周辺に苦悩をしばしば吐露していたという。オ・ビョンファン氏は「キム氏がセウォル号の真実が埋もれてしまうのではないかととても心配していた」として「最善を尽くして子どもたちを収容したのに、国家に裏切られ、子供たちを救えなかったという罪悪感が複合的に作用してキム氏は苦しんでいた」と話した。

イ・ジェウク、パク・スジ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-06-17 19:17
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/748654.html 訳J.S(2293字)

関連記事
  • 오피니언

multimedia

  • most viewed articles
    • hotissue