登録 : 2016.04.22 23:57 修正 : 2016.04.23 06:48

チョン・グァンミン氏//ハンギョレ新聞社
 1979年10月16日午前9時40分頃、釜山大経済学科2年だったチョン・グァンミン氏(58)は、大学の人文社会館で「安定成長政策と公平な所得分配、学院査察の中止、学徒護国団廃止、言論集会結社の自由保障、反倫理的企業主厳断、政治報復中止、維新憲法撤廃、大統領下野」からなる要求案を書いた印刷物90枚を学友に配った。

 チョン氏は午前10時頃、釜山大図書館前に集まった1000人余の学生と共に愛国歌などを歌い大学の運動場を一周し大学校正門に向けて行進した。 正門外に待機していた警察はチョン氏ら学生の行進を阻み強制解散させた。

 チョン氏は午前11時頃、図書館前に再び集まった500人余の学生の前で要求事項を先唱し、図書館前を出発して運動場を一周し正門前に立った。 学生たちは警察の封鎖に阻まれ停滞したが、正門脇の塀を押し倒し外に出た。 チョン氏は学生たちと共に釜山大師範学部付属高校まで行進を続けた。 朴正煕(パクチョンヒ)独裁政権の終焉を操り上げる契機になった釜馬(ブマ)民主抗争はこうして始まった。

 チョン氏は捜査当局に直ちに手配された。 彼は1979年10月19日、釜山の東莱(トンネ)警察署に自首したが、デモの主導者という理由で留置場に入れられ「水拷問」や「鶏の丸焼き」と呼ばれる過酷な拷問を受けた。 警察はチョン氏に「父親が固定スパイだな」とも尋問した。 彼は警察で相次ぐ拷問を受け、釜山東莱区のD病院に移送され治療を受けねばならなかった。

 チョン氏は「国家安全と公共秩序の守護のための大統領緊急措置第9号違反」などの容疑で拘束され裁判を受け、1979年12月8日に緊急措置9号が解除されたために解放された。 彼は同年12月27日、釜山地方裁判所で免訴(法令が消滅したことにともない有無罪を判断しない)判決を受けて復学したが、1980年5月17日に非常戒厳が韓国全土に拡大して予備検束対象として逮捕され拷問を受け、同年8月8日軍法会議で有罪判決を受けた。 釜山大もチョン氏を退学処分にした。

 釜馬民主抗争を主導して裁判所から免訴判決を受けたチョン氏が、37年ぶりに前科者の汚名を濯いだ。

 釜山地裁刑事6部(裁判長ユ・チャンフン)は22日、チョン氏が2013年7月に提起した緊急措置第9号違反などの容疑の免訴判決に対する再審請求訴訟で、チョン氏に無罪を宣告した。 裁判所は「適用法令である緊急措置第9号が当初より違憲・無効なので、公訴事実は犯罪とならないケースに該当するので無罪を宣告する」と判決した。 37年ぶりに前科者の記録を消すことになったのだ。

 釜馬民主抗争継承事業会の会長であるチョン氏は「遅きに失した感はあるが、裁判所の無罪判決は朴正煕独裁政権に対する闘争と抵抗は正当だったという意味」と話した。 また彼は「現在の朴槿恵(パククネ)政権になって、民主主義の後退という評価が出ていて残念だ。 この地で民主主義のために犠牲になった人々に対して恥ずかしい」と付け加えた。

 チョン氏の弁護人は「チョン氏は釜馬民主抗争当時、不法拘禁や拷問の被害をこうむった。 国家を相手に損害賠償請求訴訟を提起するだろう」と話した。

釜山/キム・ヨンドン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-04-22 19:38
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/740927.html 訳J.S(1457字)

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