登録 : 2016.02.29 23:26 修正 : 2016.03.01 06:38

韓国カトリック大招へい教授になる元朝日新聞記者の植村隆氏

元朝日新聞記者の植村隆氏 =東京/キル・ユンヒョン特派員//ハンギョレ新聞社

 「植村さん、東京でする最後の挨拶になりますね」。28日午後、東京のJR四谷駅前のあるイベント会場。司会者の紹介を受けてマイクを握った植村隆・元朝日新聞記者(57)の表情は明るかった。植村氏は3月の新学期から1年間、韓国の富川(プチョン)にあるカトリック大で招へい教授の資格で韓国の学生たちに「東アジアの平和と文化」を教える予定だ。植村氏「講義を韓国語でしなければならないのが少し心配だが、韓国の若者たちにしっかり教え、日本の若者たちと良い交流ができるようにしたい」と笑った。

 この日の集いは、日本軍「慰安婦」被害者であることを初めて公開した金学順(キム・ハクスン)さん(1924~97年)の最初の証言について記事を書いたという理由で「ねつ造記者」という寃罪を着せられた植村記者を支援してきた人々が準備した、質素な歓送パーティーだった。

25年前、慰安婦被害者の初証言を記事に
2014年から右翼に「ねつ造記者」と攻撃され
市民社会は170人の弁護団を設け支援
北星学園大「脅迫」に抗して講師再契約
「姉妹大学」のカトリック大招へい教授として派遣
「ジャーナリストらしく慰安婦問題に向き合う決心」

 過去2年余り、植村記者は慰安婦問題を取り巻く日本社会の激しい論争の嵐の中にいた。 本格的な攻撃が始まったのは、2014年1月末発売の週刊文春(2月6日号)が「“慰安婦ねつ造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」という記事を出してからだった。 当時、安倍晋三政権が韓日外交懸案に浮上し始めた慰安婦問題を自分たちに有利な方向に導くために河野談話(1993年)に対する攻撃を始めたのが、こうした報道の背景になったと推定される。この記事により植村記者は4月に就職が予定されていた神戸松蔭女子学院大学の雇用契約が取り消されるという受難を体験した。

 また彼を非常勤講師として雇用していた北海道の小さな大学の北星学園大に向け、右翼の攻撃が始まった。 学校には連日のように「植村を解雇しなければ大学を爆破する」という脅迫状が舞い込んだ。 攻撃は植村記者本人ばかりでなく彼の娘にまで及んだ。 植村記者は「当時私が書いた慰安婦記事は2つしかない。 それほどすごい記事を書いたわけでもないのに、なぜこれほど激しい攻撃が続くのか理解できなかった」と語った。

 植村氏に向けられた右翼のすさまじい攻撃を目撃した日本の知識人たちは強い衝撃を受けた。 日本の知識人たちは2014年10月、右翼の脅迫に揺れている北星学園大を応援するため「負けるな北星!の会」の結成をはじめ、今回の事態に積極的に介入することになる。 逆転の分岐点は、北星学園大がその年の12月に「大学に対する暴力と脅迫には屈しない」と植村氏の再契約を決めた後だ。 ひとまず足元の火を消した後、日本の市民社会が始めたのは、植村記者に対する裁判支援だった。

 「ある日、中山武敏弁護士から連絡が来ました。 それで約束場所の東京の秋葉原駅に出向きました。 彼に『私はねつ造記者ではない』ことを多くの資料に基づいて説明すると、『あなたは日本の民主主義の宝』と言って裁判支援に乗り出すと言ってくれたのです。 闇の中で光を見た思いでした」

 植村氏は2015年1月、東京地裁に自身を「ねつ造記者」として執拗に攻撃した日本の代表的な右翼、西岡力氏と週刊文春を相手に損害賠償請求訴訟を提起した。現在、この裁判には弁護士170人が無料で弁論に乗り出している。

 右翼の攻撃が徐々に弱まると、植村氏が目を向けたのは自身が25年前に初めて報道した韓国人慰安婦被害者の現実だった。 昨年8月15日に訪韓し、天安市の「望郷の丘」に眠る金学順さんの墓地を参拝した。 植村氏は「その場で、これまで慰安婦問題から距離をおいてきたが、それが愚かなことであったことを悟った。 今後はジャーナリストとして慰安婦問題に真剣に向き合って行く決心を固めた」と話した。

 まだ裁判は進行中だが、植村氏は「試練を通じて多くのことを感じることができた」と話した。「このような経験がなかったなら、今頃は神戸の女子大教授になっていたでしょう。 もしそうなっていたら『朝日新聞は良い会社だ。 私はその会社で海外特派員をした』と自慢している平凡な記者出身の大学の先生になっていたと思います。 そして今まで私を支援してくれた多くの人々とつきあうこともなかったでしょう。 こんな苦難の中で、日本のジャーナリズムの弱さと闘うことの大切さを知ることができました」

 植村氏の新たな挑戦は韓国で続く。3月からカトリック大で韓国の大学生に教える。 カトリック大は彼が非常勤講師として勤務した北星学園大学の姉妹校でもある。

 植村氏は「北星学園大学で教えた韓国人学生の大部分がカトリック大からの留学生だった。 学生たちが『私を解雇するな』という署名運動にも参加した。 良い大学であることを知って行くことを決心した」と話した。

 彼が2年間に経験した闘争の記録は、先月26日に岩波書店が出版した『真実 私は「ねつ造記者」ではない』に詳しく書かれている。

東京/キル・ユンヒョン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-02-29 19:00
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/732622.html 訳J.S(2333字)

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