1級障害者22万人
2級の中でも十数万人が
助けを必要としている
政府は全てを家族に責任を負わせてきて
昨年から‘活動補助者制度’
26日未明、火災から逃げられずに亡くなったキム・ジュヨン(33)氏の葬儀室がソウル城東区(ソンドング)の漢陽(ハンヤン)大病院に用意された。 悲しい消息を聞いて訪ねてきた障害者たちは葬儀室で鬱憤を晴らした。 彼らの叫びは国内の重症障害者に対する福祉の現実を雄弁に語った。
27日夜、葬儀室を訪ねたキム・ジヒョン(39・脳病変1級障害)氏はあまりに悲しくて泣いた。 「以前にジュヨンの家に行ったことがあります。 家が古くて電機がショートすれば火事になるのではと心配しました。 そして結局…。私にもそうなるかも知れないじゃないですか。 私も…全く同じじゃないですか。」
キム・ジヒョン氏は2年前、江原道(カンウォンド)寧越(ヨンウォル)の両親のもとを離れてソウルで自立生活を始めた。 70歳を過ぎた老父母がいつまでも自分を見守ることはできない。 一日12時間ずつ一ヶ月に360時間の活動補助者支援を受けた。 活動補助者がいない残りの12時間は恐怖そのものだ。
数ヶ月前、眩暈が起きた。 活動補助者が退勤した後、一人でトイレいに行って車椅子で倒れた。 床に頭をぶつけタイルが割れた。
障害者の娘を育てているチョン・ジョンフン(62)氏はキム・ジュヨン氏の悲しい死を知らせた<ハンギョレ>記事を読んで、この日葬儀室を訪ねてきた。 キム氏の死が他人事ではなかった。 「政府は両親が責任を負えと言うが、私たちが歳を取って死ねばどうしたらよいのでしょうか。」
高校生のチョン氏の娘は1級重症障害者だ。 月180時間の活動補助者支援を受けている。 一日6時間の計算だ。 両親とともに暮らしているという理由で。それ以上の支援は受けられない。 「活動補助支援をもっと受けるためには一人で出て行って暮らさなければならないと言うが、それは違うでしょう。」チョン氏はため息を吐いた。
やはり障害者の娘を育てているキム・ウイソプ(45)氏も葬儀室で嘆いた。 「障害者が自立する時になれば24時間活動補助を付けなければなりません。 そのような制度がなければ自立は言葉だけであって、閉じ込められて生きることと同じでしょう。」キム氏は自身の希望を語った。 「‘うちの子より一日だけ遅く死のう’が(障害者の子供を持った)すべての両親の願いです。 切迫した思いです。」
26日に亡くなったキム・ジュヨン氏に先立ち、先月には1級障害者ホ・ジョンソク(33)氏が活動補助者が退勤した後に人工呼吸器が外れて亡くなった。 筋肉の病にかかったオ・ジソク(29)氏の母親(55)はホ氏とキム氏の相次ぐ死に、一層気が焦る。 息子のオ氏は一日中人工呼吸器を付けて横になって過ごしている。
それにしても一日最大12時間
同居人がいればそれさえも…難しい
家庭を設け子供を産めば
反対に活動補助時間を減らす
結局、赤ちゃんは嬰児院へ…
先日、活動補助者がいない時間に母親がしばし外出した。 その間に息子のオ氏の呼吸器が外れた。 オ氏はやっとのことで母親に携帯メールを送った。 驚いて帰ってきた母親の前で息子オ氏の顔は黒く変わっていた。 匿名を要請したオ氏の母親は「息子が死の淵をさまよってからは、近場へ行くときでもバイクで行く」と話した。
障害者が自立を夢見るのも家族の荷物になりたくないためだ。 家を出ようとする韓国の障害者はよく障害者保護施設を選ぶ。 1級障害でなければ活動補助サービスを受けることができず、それさえも家族の助けが多く必要だからだ。
障害者ファン・インジュン(36)氏は4年前、自ら保護施設に入った。 2年ほどとどまり施設を出た。 一部屋で7~8人が生活する施設は監獄のように感じられた。 「食べることから始めてすべての行動に制約があります。 死ぬまで何もできずに何の楽しみもなしに施設で暮らさなければならないと考えるとうんざりしたんです。」
勇気を出して自立を選択しても現実は容易ではない。 チェ・ジニョン(41・脳病変1級障害)氏は9年前に自身を見てくれた母親が亡くなり、自立生活を始めた。 「1年前、夜道に家に帰るのに誰かが助けてあげると言ってついてきて、家に置いてあった私のカバンを持って行ってしまいました。 とても恐い思いをしました。」事故はもちろん犯罪の恐怖に苦しめられる障害者のためには「色々な制度の後押しと、多くのことが変わる‘変革’が必要だ」とチェ氏は考えている。「障害者が暮らしやすい社会は非障害者が暮らすためにもより良い社会じゃないですか。」
家庭を設けた人々も様々な難関に直面する。 大邱(テグ)の30代半ばの脳病変障害者キム・某氏は、一人で暮らしている時に月180時間の活動補助を受けた。 しかし子供を産んだ後は100時間に減った。 同居人がいれば活動補助支援時間を減らさなければならないという規定により、赤ん坊を同居人と見て、むしろ支援を減らしたのだ。 とうてい子供を育てられなかったキム氏は2年前に結局子供を嬰児院に送った。 1年だけ預けて連れてきて育てようとしたが、まだ母子は生き別れのままだ。
キム・ジュヨン氏のような辛い死 一再ならず
先月も補助者退勤後に呼吸器が外れ親に先発った33才 ホ氏…
‘24時間補助’サービス
数十万人の生命がかかっている
去る1月に子供を産んだチェ・ユンヒ(38・脳病変1級障害)氏のための活動補助支援時間も180時間から80時間に減らされた。 「赤ん坊を見てあげなければならない状況なのに時間を減らしてしまえばどうして暮らせばよいのか。 障害者は結婚もせず、子供も産むなということでしょう。」 チェ氏はとめどなく涙を流した。 「私たちも人間です。 結婚もしたいし赤ん坊も欲しい…。 お前たちは障害があるから基本的なことだけしていろというのが国の考えでしょう。」
障害者団体は24時間活動補助者の助けを求める道が必ず用意されなければなければならないと指摘する。 ナム・ビョンジュン全国障害者差別撤廃連帯事務局長は「活動補助者サービスが非常に不足しており、生命が脅かされる状況が蔓延している」として「最重症障害者にはサービスが24時間保障されなければならないというのが最も切実な課題」と話した。
ヨーロッパ、日本、米国など先進国の場合、ほとんどが障害者活動補助サービスの上限時間を定めていない。 個人が費用を負担するケースも珍しい。
英国と日本の場合、活動補助サービスの上限時間がなく、地方政府に雇用されたケアマネージャーが個別に障害者の状況を考慮して適正な活動補助時間を定めている。 米国は州政府によって事情が違うが、カリフォルニア州など相当数が上限制を設けておらず、貧困ラインの75%水準である次上位階層まで自己負担なしで活動補助サービスを利用できる。 スウェーデンでは収入と関係なく活動補助サービスを政府次元で全て支援しており、必要に応じて24時間活動補助サービスを受けられる。
27日、キム氏の葬儀室を訪ねた文在寅(ムン・ジェイン)民主統合党大統領候補は障害等級制の廃止と活動補助サービス上限制廃止などを約束した。 シム・サンジョン進歩正義党大統領候補も28日に葬儀室を訪ね、活動補助者制度・扶養義務制・障害者等級制の改善を約束した。
チェ・ユビン、キム・キュナム、チン・ミョンソン、チョン・ファンボン記者 yb@hani.co.kr