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陰謀論が呼んだ「内戦」…韓国の民主主義のための予言書【レビュー】

登録:2025-03-01 08:25 修正:2025-03-01 10:25
尹錫悦大統領の拘束令状が発付された1月19日早朝、支持者らの暴動で破壊されたソウル西部地裁の様子=チョン・ヨンイル先任記者//ハンギョレ新聞社

 内乱の試みより恐ろしいのは、内戦の前兆だ。

 「体制転覆勢力の清算」の意志で上気した大統領が戒厳を宣言した場面より、武装した特戦司令部の軍人たちがガラス窓を割って国会に乱入した場面より、大統領の拘束令状を発付した裁判所を破壊して気勢を上げる暴動の場面が、韓国の今を不気味に映しだしたのかもしれない。内乱の実行は衝撃的だったが、その首謀者を逮捕・拘束した民主的回復手続きをハンマーと鉄パイプと消火器で破壊した場面は、大韓民国の民主主義が「ある段階」に突入した兆候のようにみえ、より不吉だった。

 2021年1月、米国大統領選で敗北したドナルド・トランプ氏の支持者たちが国会議事堂を襲撃した。当時、『アメリカは内戦に向かうのか』(原題:How Civil Wars Start: And How to Stop Them、韓国語版タイトル:内戦はどのようにして起きるのか)の草稿を仕上げている最中だったバーバラ・ウォルター氏は、「自分が大統領から退くと同時に、即座に戦うことを要求」した現職大統領をみて「途方もない恐怖」を感じた。「他の地域で確認した警告の兆候が、過去10年間(に米国で)目撃し始めた兆候とまったく同じ」ためだった。トランプ政権後に上昇した米国の内戦リスクを分析したウォルター氏は、「突然、私の草稿が予言書になったように思えた」とあとがき(2022年)に書いた。その著書が韓国語に翻訳され出版を控えていたときに、韓国で戒厳に失敗した現職大統領が「私を守ってほしい」というサインを支持者に繰り返し送っていた。支持者たちは、著書の韓国での公式出版(1月20日)の前日に「西部地裁暴動」を引き起こして応じた。

2020年、米国大統領選の結果に従わないドナルド・トランプ大統領の支持者たちが2021年1月6日(現地時間)、ワシントンの国会議事堂内に乱入して旗を振っている=ワシントン/EPA・聯合ニュース

 著者は内戦とテロリズムの専門家だ。イラク、ユーゴスラビア、北アイルランド、シリアなど世界の様々な国で発生した内戦を研究した結果、「国と時間を越えて繰り返される共通した要素」を発見した。現代の内戦は「ある種の脚本によって」広がるとまで著者は言う。データをもとに調べてみたところ、内戦勃発の核心的な要因は、意外なことに「民主主義」だった。第2次世界大戦後の民主主義の樹立の急増にあわせて、内戦も急増した。内戦は「アノクラシー」(anocracy = autocracy(専制政治)+ democracy(民主主義))国家で発生した。内戦国は「完ぺきな独裁も成熟した民主主義でもない中間区間」に位置するという共通点があった。特に、独裁的な特徴より民主的な特徴がより強いアノクラシーは、政治不安や内戦を経験する可能性が、独裁政権より2倍、民主政権より3倍高かった」のだ。米国の非営利団体「体制平和センター」(Center for Systemic Peace)の政治体制評価点数(「最も独裁的」の-10点から「最も民主的」の+10点までの21段階の分類)で、ノルウェー、ニュージーランド、デンマーク、カナダは+10点を与えられた。-10点が付けられた国は、北朝鮮、サウジアラビア、バーレーンなどだった。アノクラシーは-5点から+5点の間に位置する国々だった。2014年にレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が司法府とメディアへの支配力を強化したトルコや、2017年にロバート・ムガベ大統領の退任後に暴力事態が発生したジンバブエが該当した。2003年に米国によるフセイン大統領追放後に内戦が起きたイラクも、代表的な事例に選ばれた。政治・制度・軍事的に虚弱な状態で「改革を施行して点数が上がり、民主主義に進むまさにその瞬間に、内戦が起きた」のだ。

『内戦はどのようにして起きるのか』(日本語版タイトル:アメリカは内戦に向かうのか)バーバラ・F・ウォルター著|ユ・カンウン翻訳|開かれた本刊、2万2000ウォン//ハンギョレ新聞社

 アノクラシーの区間には、独裁から脱出した国だけが進入するのではなかった。ベルギーや英国などの「神聖不可侵な民主主義を誇る裕福な自由主義国家」もアノクラシーに落ちた。クーデターで権力を簒奪した者ではなく、「選出された指導者が民主主義を保護する安全装置を無視しようとしたため」だった。その装置を解体した政治家として、著者は、エルドアン大統領、ハンガリーのビクトル・オルバン首相、ウラジーミル・プーチン大統領、ブラジルのジャイル・ボルソナロ前大統領らを「独裁者志願者」に指定した。「代議制の選挙を弱体化させる試み」と「市民に独裁的措置の必要性を説得」したという指導者の名前の一覧の終わりには、「尹錫悦(ユン・ソクヨル)」を追加することができる。

 昨年は政治体制評価点数で韓国は+8を付けられたが、スウェーデンの「民主主義多様性研究所」(V-Dem研究所)が出した報告書では「独裁に変わる国」に分類された。「戒厳事態が起きる前に、すでにアノクラシーの判定」を受けていたと、訳者のユ・カンウン氏は訳者あとがきで評した。内戦に向かう米国に警告する目的で書かれたこの本が、「韓国の内乱前後」を読み解くために流用した理由は、トランプ大統領と尹錫悦大統領の類似性のためだ。

 第1次トランプ政権末期の2020年、米国の政治体点数は+5点だった。「1800年以来、最も低い点数」であり、「米国は約200年ぶりに初めて」アノクラシーになった。内戦の可能性を高める戦略は、「他者を排除して犠牲にしながら統治」するという派閥主義だった。権力を失うことになった政治指導者は、「自身の未来を確保する他の道がない」場合、「分裂を冷笑的に活用し、ふたたび統制権を握る」のだ。「派閥主義を動かす中心的な力はつねに陰謀論」だった。人々を扇動したい場合は「他者を標的にして投げればいい」。SNSは陰謀論を最大化して収益を上げる。著者の見立てでは、派閥化で政治的利益を得る「史上最高の種族事業家」はトランプ氏だ。支持者の国会議事堂襲撃は、その事業の「悪意ある結実」だった。

尹錫悦大統領の拘束令状の発付に興奮した支持者らが1月19日早朝、ソウル西部地裁の扉のガラスを割ろうとしている。ユーチューブ「ラックTV」の動画より//ハンギョレ新聞社

 「国民の皆様とともに最後まで戦う」と言いながらも、弾劾を賛成する「多数の国民と戦っている」韓国の大統領も、自分の支持者だけを「国民」と呼ぶ派閥化と陰謀論で生き延びようとしている。著者は「解決策は、民主主義をあきらめることではなく、改善するところにある」と強調する。「裕福な国が経済繁栄に相当するほどには政府が良くない場合、内戦が勃発する危険性が大幅に増加」した。法的手続きの平等かつ公正な適用、表現・結社・言論の自由、公共サービスの質と行政組織の独立性が強化されることで、内戦の可能性も減少する。

 ウォルター氏は、民主主義の質が選挙の保守システムとも密接に関連していると考える。独立的かつ中央集中化された選挙管理システムを持つことができなかった米国とは違い、韓国はそのようなシステムを持っている国の一つとして言及される。そのシステムで当選した大統領がそのシステムを否定して内乱を引き起こし、暴動を扇動して内戦に追い込む姿が、今の韓国だ。その現実までは予言できなかったが、「反乱の萌芽を無力化する最善の道」である「退化した政府の改革」を達成できないとき、この本は私たちにとっても恐ろしい予言書になる可能性がある。

イ・ムニョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/book/1180127.html韓国語原文入力:2025-01-31 11:29
訳M.S

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