盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権初期の参謀たちの主な任務の一つは、事あるごとに春秋館(大統領府担当記者室がある場所)に向かおうとする大統領を引き止めることだったという。「朝鮮日報」が何かを書いた日には、参謀たちは大統領の顔色をうかがい、「また行くと言っている」という誰かの伝言を聞くと、我先に大統領のもとに駆けつけて止めていた。実際、盧元大統領はその激しい発言で様々な物議を醸した。
中でも劇的な事件は、2003年10月の外国歴訪直後の再信任国民投票の提案だった。大統領の側近だった総務秘書官の不正が発覚したことを受け、盧元大統領は参謀たちの引き止めにもかかわらず、帰国翌日に春秋館に行ってこれを宣言してしまった。再信任騒動は弾劾にまでつながったが、総選挙での勝利、弾劾棄却で劇的などんでん返しを迎えたことはよく知られている。
再信任騒動の頃、就任6カ月が過ぎた盧元大統領の支持率は29%だった。今の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の支持率とほぼ同じ水準だ。盧元大統領が政権初期、やや激しい発言で支持を失ったように、現政権の最大のリスクは尹大統領本人ではないかと思う。それに加え、大統領夫人の奇異な行動も尹大統領に劣らないリスクだ。
尹大統領が初期に龍山(ヨンサン)への大統領室移転をはじめ周りを顧みない行動を見せていた頃までは、まだもう少し見守らなければならないと思っていた。ところが、最近の行動を見ると、現政権の「尹錫悦リスク」が深刻な状況にあると言わざるを得ない。
米国での「この××(野郎ども)」の暴言騒ぎから「文化放送(MBC)」取材陣に対する専用機搭乗拒否、専用機内で特定の記者だけを呼んで歓談したこと、MBCの排除を「憲法守護」のための行為だと言い張る詭弁まで、いずれも尹大統領本人が震源地だった。過ちを反省し、収拾するどころか、聞く耳を持たず事をさらに大きくしている。
盧武鉉元大統領も自ら災いを招くタイプだったが、後腐れはなかった。また、時には激しい発言もあったが、卑語や詭弁を並べることはなかった。政権に就いた初期の「検事との対話」で「もう破れかぶれなのか」と怒りをあらわにしたが、政権中自分に反発した検事たちに人事上の不利益を与えることはなかったという。卑語に対する謝罪もなく、MBCを最後まで問題視する尹大統領と対比される。
すべてがこんな具合だ。尹大統領にとって「大船」は検察捜査だろうが、大統領ならうわべだけでも野党と対話する姿を見せなければならない。ところが、検事時代にそうしていたのと同じく、野党「共に民主党」のイ・ジェミョン代表と文在寅(ムン・ジェイン)前大統領を狙って、根まで枯らす勢いで乗り出している。この集中砲火の頂点にいかなる形であれ尹大統領がいることは誰の目にも明らかだ。
外交も一方通行だ。突然飛び出したインド太平洋戦略は、韓国にとっては突拍子もない内容だった。とりあえず米国と日本をただ真似するやり方だ。専門家たちが評する通り、東アジア戦略と北東アジア外交で十分だ。日本との関係も「ブレーキのないベンツ」のように突っ走る態勢だ。外交が一方に傾きすぎると国が傾く。
尹大統領の夫人、キム・ゴンヒ女史のリスクは、現政権の深刻な沼になりかねない。カンボジアでのいわゆる「オードリー・ヘップバーンのコスプレ」はキム女史の世界観、処世術がどんなものかをよく表している。自分が見せたいものを勝手に作り上げて見せれば、大衆はそれに惑わされるだろうという根拠のない自信、どうにか着飾って装えば通用するだろうというレベルの低い処世術を国民はすでに見抜いている。何もしない方がマシというのはまさにこのためにあるような言葉だ。
こんな状況では、ろうそくを持って尹大統領の退陣を叫ぶ人々をむやみに批判することはできない。しかし、性急に退陣、弾劾を掲げるのは、自ら首を絞める結果になりかねない。盧武鉉政権時代、野党のハンナラ党は多数議席を基盤に盧元大統領を弾劾訴追まで追い込んだが、その逆風で総選挙で惨敗した。国民的共感のない無理な退陣、弾劾主張は来年の補欠選挙、再来年の総選挙で逆風にさらされる恐れがある。
ただ、尹大統領が今のように事あるごとに対決的な姿勢を貫き、自らリスクを高めていくなら、政権の未来は断言できない。尹大統領が徐々に変わることを期待しているが、人はそう簡単には変わらないものだ。
問題は、いま龍山大統領室には尹大統領の独断とキム女史の歪んだ行動にブレーキをかける装置がほとんどない点だ。現在の大統領室と政府、野党「国民の力」では尹錫悦リスクを乗り越えることは難しいかもしれない。
与党が乗り出さなければならないのに、チョン・ジンソク非常対策委員長、キム・ギヒョン議員のような既得権強硬派が幅を利かせている状況では難しい。極めて少数だが、ユ・スンミン前議員が苦言を呈しており、チュ・ホヨン院内代表、アン・チョルス議員程度が合理的な態度を示している。過ぎ去った時代の大統領秘書室長、処世の達人である官僚出身の首相では尹大統領を止められないだろう。
大統領とファーストレディのリスクが頻発し、国家的リスクにつながれば、結局国民が不幸になる。内閣と参謀に力を与え、直言できる人々で構成しなければならない。野党との対話の空間も開かなければならない。大統領室の「出勤時の取材対応」の中止が、すべてを原点から見直す契機になることを願う。