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[朴露子の韓国・内と外]良心囚がいない国こそ真の先進国だ

登録:2021-08-10 22:09 修正:2021-08-11 10:00
仮にノルウェー国家が、「武装闘争」を主張した1970~80年代の毛沢東主義者らを弾圧し良心囚を量産したとすれば、こんにち、果たして彼らはこれほど生産的で社会的にきわめて必要な役割を果たすことができただろうか。結局、政治的マイノリティに対する「トレランス」は、ノルウェーの社会・文化・政治をより豊かにしたということだ。
イラストレーション:キム・デジュン//ハンギョレ新聞社

 この頃、韓国はお祭り気分だ。国連貿易開発会議(UNCTAD)が韓国を「先進国」と認めたためだ。実際、あえてこの発表がなくとも世界体制論的次元で韓国がすでに準核心部ではなく核心部の国家になったということは容易に分かる。購買力基準で計算された韓国の1人当り国内総生産(GDP)は、すでに日本を追い越して欧州連合の平均に近づいただけでなく、韓国は資本の輸入国から輸入国兼輸出国になった。今でも韓国国内の銀行業などの金融界で外国資本は少なくない比重を占めるが、同時にサムソンのような韓国大企業の現地法人は、例えばベトナムの輸出額の3分の1を生産し現地で15万人以上を雇用するなど、東南アジアのような周辺部地域で「支配者」として君臨する。自国経済領土の海外への拡張こそが核心部国家の重要な特徴の一つだが、そうした意味では韓国もそのグループに属することに異議を差し挟むことはできない。

 しかし、単純に喜ぶ前に一度考えてみよう。世界体制論次元の「核心部国家」や、UNCTADが言うところの「先進国」は、純粋に経済力に対する評価に過ぎない。この評価は、該当する国家の社会や政治などとは関係がない。単に世界経済の「食物連鎖」に占める位置を表すだけだ。黒人に事実上市民権を許さなかった1950年代の米国や、在日朝鮮人を「非国民」扱いした高度成長期の日本も核心部国家であった。1年に警察が約千人の市民を射殺する米国も、警察も平常時には武器を携帯しないノルウェーも、経済的には同じく核心部に属する。とはいえ、彼らの社会的日常は互いにはっきり異なるのである。一般的に韓国で使われる「先進国」という名称は、察するところ武装した警察がマイノリティをいつでも射殺する準備ができている社会というよりは、反対に日常が非暴力化されている北欧の福祉国家のようなところを意味するだろう。日常言語で使われる「先進国」という単語は、経済的範疇の用語というよりは「望ましい社会」の意味がさらに強いためだ。つまり「私たちが暮らしたい」社会を意味するわけだ。

 もしそうであるならば、私たちはまだシャンパンを飲んで祝うには早すぎる。日常が非暴力化されていて、平和で安定した北欧福祉社会の最も核心的な特徴は、理念や社会・文化的「トレランス」にあるためだ。「トレランス」とは、種族的ないし宗教・生活・文化的マイノリティに対する「寛容」を意味し、何よりも特に理念的・政治的少数意見や組織に対する尊重を意味する。だが、良心囚が相変らず監獄に閉じ込められている韓国のような国を「トレランスの国」と感じるのはとうてい不可能だ。この次元で韓国と北欧がどれほど違うかを、私がノルウェーで属している政党の話を通じて説明してみようと思う。

 私は韓国では労働党所属だが、ノルウェーでは同時に赤色党の地域委員会で活動している。赤色党は2007年に創党された急進左派政党で、現在の支持率は6%程度だ。国会議員はまだ1人だが、すぐに2~3人に増えると思う。つまり、現在は典型的な議会主義左派政党だ。しかし、本来赤色党の母体はノルウェーの労働者共産党(1973年創党)、すなわちノルウェーの毛沢東主義運動だった。労働者共産党の全盛期にその党の正式党員は3400人程度だったが、毛沢東主義者の全体数は約2万人と推算され、欧州最強の毛沢東主義運動だった。ノルウェーの毛沢東主義者は、議会主義戦略を否定し武装革命と無産階級の独裁政権を指向した。「武装革命を準備する」という話をためらいなく党綱領に書き、機関紙の「階級闘争」(Klassekampen)でもほとんど毎号「武装闘争の必要性」を力説し、党の出版社である「十月社」(Oktober)ではスターリンと毛沢東の著書を翻訳し継続して出版した。「第3世界を絞り取る第1世界」に属するということに途方もない自責を感じたノルウェーの毛沢東主義者は、第3世界の民衆を資本の束縛から解放する世界革命をノルウェーから起こそうとしたのだ。

 では、ソ連と国境を接し冷戦の最前線に立ったノルウェー国家は、この運動にどのように対応しただろうか。もちろん、毛沢東主義者などを秘密裏に監視することはあった。しかし、毛沢東主義者が実質的な「暴力」を行使しない以上、国家も彼らを弾圧しようとはしなかった。「武装革命」に対する話は「表現の自由」の次元で寛容され、労働者共産党は普通の政党と同じく合法的活動を思う存分することができた。結局、中国の資本化とソ連の没落で「無産階級独裁」に対する話は自ずから足跡を消すことになり、党は1990年代初めから女性主義、環境運動、反戦平和に活動の焦点を変えた。こんにち、その後継政党である赤色党は、福祉国家ノルウェーの資本が外国で搾取する現地の労働者や、ノルウェーで苦労する外国人労働者の権益を擁護し、福祉施設の民営化に反対し、ノルウェー軍のアフガニスタン派兵のような海外派兵に真っ向から戦っている。代表的な気候正義の擁護と軍事主義、新自由主義反対の政党になったのだ。「階級闘争」は、ノルウェーの知識人なら必ず読むべき「知識人新聞」になり、「十月社」はノルウェーの詩・小説文学の最も優良な出版社になった。仮に国家が、「武装闘争」を主張した1970~80年代の毛沢東主義者らを弾圧し良心囚を量産したとすれば、こんにち、果たして彼らはこれほど生産的で社会的にきわめて必要な役割を果たすことができただろうか。結局、政治的マイノリティに対するトレランスは、ノルウェーの社会・文化・政治をより豊かにしたということだ。

 北欧のどの先進国でも、今8年にわたり監獄で苦痛を受けているイ・ソッキ元統合進歩党議員の投獄のような状況を、どんな状況であれとうてい「想像」できない。イ・ソッキ元議員の有罪判決の根拠になった「90分演説」にたとえ多少過激な言葉が含まれていたとしても、いかなる「先進国」も(特定の民族などに対する嫌悪表現や、具体的な特定人を威嚇する脅迫、または侮辱や名誉毀損などを除き)「言語」それ自体を処罰することはない。少数意見を表現する自由があってこそ、多様性を誇る真の民主社会が作られる。イ・ソッキ元議員が赦免・釈放されてこそ、韓国社会がトレランスある真の社会・政治的先進国になる入り口に立てるはずだ。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、良心囚のいない国、すべての意見が尊重される先進国を共に作ろうという意味で、今回の光復節特赦にイ・ソッキ元議員を含めることを切に希望する。

//ハンギョレ新聞社
朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大学教授・韓国学 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1007137.html韓国語原文入力:2021-08-10 15:09
訳J.S

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