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[コラム]オリンピックの解析学

登録:2021-08-09 20:34 修正:2021-08-10 08:07
イラスト:jaewoogy.com//ハンギョレ新聞社

 2020東京五輪は“前例なき”大会に相応しく多様な解釈と観点を生んだ。

 トーマス・バッハ国際オリンピック委員会(IOC)委員長は、2020東京五輪閉会式で「五輪が困難な時期に最も貴重なプレゼントである希望を与えた。世界の人々が一つになった。東京五輪は、希望と連帯、平和の五輪だった」と意味を付与した。

 マスコミの評価は少し異なる。外国メディアでは「国家非常事態の下で開かれたスポーツドラマがどのように記憶されようか」(BBC) 、「空っぽの競技場で開かれたが80億を一つにした」(ガーディアン)というタイトルの報道が出た。ここには選手たちが見せた歓喜と涙の感動に劣らず、165億ドルを超える予算、無観客大会、五輪期間中に3倍にも増えた新型コロナ感染などの否定的要素が二重に含まれている。

 韓国国内では、コラムなどを通じて五輪精神とは何なのかを根本的に問う批評が出てきた。

 哲学者のキム・ヨンソク氏は「オリンピック:儀礼なき東京」(ハンギョレ8月4日付)で、東京五輪開催の非正常性に注目した。彼は、五輪の精神を遊びとフェアプレイに求めるが、共同体をまとめる空間的意味のスタジアムと4年周期を意味するオリンピアードの時間性が、東京五輪の無観客・奇数年開催により破壊されたと主張した。

 シン・ヨンジョン教授は「ゆっくり、低く、弱く-皆で一緒に」(ハンギョレ8月4日付)で五輪のスローガンである「より速く、より高く、より強く」を逆転させて近代五輪の男性支配イデオロギーを批判した。1896アテネ五輪のマラソンから女性という理由で排除され、そのため「メルポメネ」という仮名でスタジアムの外を走るほかなかった女性の姿が、今日の宅配ドライバー、難民選手たちの姿からも見えると述べた。

 五輪に対する新しい視角は、ファンたちが経験する世界を構成するのに影響を与える。成績主義の弊害と反省を通じて、韓国国内で「金メダル至上主義」は以前より弱まった。入賞できない4位も大きな拍手を受けるのがこの頃の風景だ。五輪商業主義に対する批判も高まっている。

 だが、世界205カ国の参加国選手団が一堂に集まって、普遍的人類愛を分かち合う祭典の舞台が五輪であることも事実だ。五輪に対する批評と解釈が多様にならざるをえない理由だ。

キム・チャングム・スポーツチーム先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1007008.html韓国語原文入力:2021-08-09 18:42
訳J.S

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