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[寄稿]訴訟共和国

登録:2019-10-22 23:54 修正:2019-10-23 07:36
ユン・ソクヨル検察総長が17日午後、ソウル市瑞草区の最高検察庁で開かれた国会法制司法委員会の最高検察庁に対する国政監査で、議員の質問を聞いている=キム・ポンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社

 ユン・ソクヨル検察総長がハンギョレ記者を名誉毀損の疑いで告訴した。誤ったマスコミ報道で自分の名誉が深刻に傷つけられたため、見過ごすわけにはいかないというのが、ユン総長の言い分だ。捜査権と起訴権を兼ね備えた強力な検察のトップが、部下に自分と関連した事件を捜査させた初めての事件ではないかと思う。

 犯罪被害に遭ったり目撃したりした場合、告訴・告発を通じて是正を求めるのは国民の重要な基本権だ。法的措置以上に確実に加害者を処罰し、事態を正す方法はないだろう。そのため、1987年の民主化以降、訴訟件数は飛躍的に増大した。弱者たちは訴訟という手段で無実を訴え、是正を要求した。

 90年代半ば以降、参与連帯や民主社会のための弁護士会のような市民団体が複数の公益訴訟を提起したのは、韓国社会に非常に新鮮な衝撃を与えた。これらの訴訟は、立法を促すか政策変化を圧迫することで、弱者の無力感を解消するのに大きく貢献できる重要な社会運動の手段であることを示した。性暴力事件や戸主制廃止などの問題で政策の変化を引き出し、国家暴力の被害者は民事訴訟を通じて政府の謝罪と補償を受けることができた。日帝強占領期(日本の植民地時代)における徴用被害に対する最高裁判所(大法院)の判決は、韓日関係全般を揺るがす大きな結果をもたらした。

 ところが、私はいつからか、すべてのことを訴訟で解決する韓国社会の慣行と、市民団体や政界の活動に深い疑問を抱くようになった。個人間の訴訟では“傷だらけの”勝訴が果たして問題の根本的な解決につながるのかという疑念を持つようになり、市民社会の訴訟が構造的かつ制度的な問題を個人の権益侵害の側面でアプローチする限界を露呈して、やがて社会的主体をさらに個別化させることが分かったからだ。政界が政策的に論議しなければならない新行政首都移転の件を訴訟で覆したことは、誤った訴訟の典型と言えるだろう。

 ところで、我々はこの20年余りの間、さらに奇妙な現象を目撃してきた。それはどこから見てもはるかに強い力を持つ権力側が、自分を批判したり利益を脅かしたりする弱者に向かって、告訴・告発を乱発することだ。すなわち、告訴・告発が弱者の武器ではなく、企業や行政、司法の最高地位にある強者が弱者の口をふさぐ武器として使われるケースが頻繁に現れるようになった。その代表的な例は、企業側が労組活動家を対象に提起した民事上の損害賠償請求訴訟であろう。企業側が労組活動を統制するために新たな弾圧の手段として活用し始めた損害賠償請求は、労働者の命を奪い、家族を破壊する恐ろしい武器となった。弱者の無理な要求や抗議をただ見ているわけにはいかないかもしれないが、このような強者の攻勢は市民の表現の自由や団結権、行動権を締め付ける効果をもたらした。

 ついに韓国は、強者であれ弱者であれ、企業であれ政府であれ、ひいては家族や隣人の間でも、ほとんどすべての対立や確執、不満、敵対感を訴訟で解決する訴訟万能社会、訴訟共和国になった。憤った韓国人たち、不当で理不尽な目に遭ったと思う韓国人たちが、それを解決する方法はこれしかないと思っているからだろう。告訴と反訴、告発が複雑に絡み合って、一つの事件に3~4件、さらには10件以上の訴訟がぶら下がる場合もある。

 もはや無分別な訴訟は、企業や団体、家族を引き裂き、社会の正常な作動まで麻痺させている。告訴・告発は検察と裁判所の過重な業務と社会経済的な費用の発生を招くだけではなく、世論を動かして市民を動員することに尽力すべき市民運動を訴訟代行業者に転落させた。性暴力相談をする市民団体は訴訟代行機関になり、他の仕事ができないほどだという。教師が学校での些細なことを問題視する保護者の告訴・告発を恐れて、授業時間に言葉を控えるあまり、教育者としての役割そのものを放棄するケースまで発生した。

キム・ドンチュン聖公会大学NGO大学院長//ハンギョレ新聞社

 どんな社会にも対立と軋轢は存在するものだ。個人と組織の争いを調整と合意で解決できず、政界と政府が必要な立法作業と制度化を怠り、社会勢力の不満が組織的に代表されなければ、すべての不満は告訴・告発の道に向かう。政府や政界、裁判所、検察、大企業など力のある機関に対する根強い不信感は、社会全般に対する不信感となって広がった。

 最後の手段となるべき訴訟がこのように“手軽な”手段になったのは、法と制度上の欠陥があるからだろう。しかし、弱者の集合的権利が政治的に代表され、行政の透明性と裁判所・検察改革が保障されない限り、韓国が訴訟共和国から抜け出すのは難しいだろう。

キム・ドンチュン聖公会大学NGO大学院長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/914176.html韓国語原文入力:2019-10-22 19:18
訳H.J

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