『反日種族主義』という本が深刻な騒音を引き起こしている。全国民の常識である日本軍「慰安婦」と徴用の強制性を否定しただけではなく、独島も大韓民国の領土である証拠がないという挑発的かつ荒唐無稽な内容を盛り込んでいる。(本の元になった映像講義が行われた)当初から著者たちの「親日賦役的観点」が指摘されており、学界と専門家たちも傍観してきたが、いつの間にか本として刊行され、国内のある書店ではベストセラーとなり、今度は日本語に翻訳され、年内に日本語版の出版が進められているという。果たしてこれでいいだろうか。三・一運動100周年に加え、韓日間の“経済戦争”を繰り広げている最中に聞こえてきたとんでもない知らせに、開いた口が塞がらない。著者たちの反歴史的かつ没理性的行動はもとより、恥辱の歴史を省察・自覚できない一部の退行的流れについては、懸念せざるを得ない。
「韓国のうそ文化は国際的によく知られている事実」という文言で始まる同書は、いきなり「種族主義」という表現を使い、韓国人を“反日”に執着する未開集団であるかのように描いている。
日帝による徴用に強制性がなかったという主張も、あきれてものが言えないものだ。1944年徴用令が始まる前には「募集と官斡旋」方式だったため、強制力がないというのが彼らの論理だ。しかし、延世大学のイ・チョルウ教授が論駁するように、「搾取を目的に脅しや武力行使、詐欺などで人を募集」した場合は、人身売買と見なすのが国際的に認められた概念だ。日本の学者はもちろん、韓国の最高裁判所(大法院)も徴用の強制性を公認しているだけでなく、被害当事者たちが生々しく証言しているのに、これ以上何を言う必要があるだろうか。
「慰安婦」を「企業型売春」などと述べる著者たちには、映画『キム・ボクトン』を見ることを勧めたい。工場に就職すると思っていた14歳のキムさんは、中国広東省まで連れていかれ、青春を失って、80年にわたる苦痛の人生の末に亡くなった。「私が証拠だ」という慰安婦被害ハルモニ(おばあさん)の前でも、果たしてそのような主張を展開することができるだろうか。
彼らは、同書の土台になった映像講義に日本語字幕をつけたが、「日本の視聴者たちの反応が熱かった」と自慢した。同書出版前から日本語版も計画しており、文芸春秋社と出刊に向けた協議を進めているという。彼らが同書で主張する内容は、かなりの部分が日本の右翼の主張と相通じるものがある。おそらく右翼の“嫌韓”攻撃の良い素材として使われるだろう。結局“実証的”研究という名の下、民族を売るようなことではないか。自問してもらいたい。