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[寄稿]ルールの崩壊

登録:2017-11-26 19:32 修正:2017-11-27 09:11

 最近、日本の世の中が嫌な時代に入ったと感じさせられるニュースをしばしば目にする。いやな感じの最大の原因の1つに、ルールが強い者によって都合のよいようにねじ曲げられて、不公平な世の中になっていることがある。遵法精神の衰退といってもよい。

 遵法といえば、普通の日本人は統治、管理されるもの、学校で言えば生徒、国で言えば国民が従順に法を守るという意味で理解していると思われる。しかし、国民の側だけでなく、統治、管理する権力者も法を守ってこそ、遵法社会ができる。今の日本、とりわけ安倍政権の下で起こっているのは、為政者、統治者が自分の都合のよいようにルールを伸ばしたり縮めたりすることでルールが崩壊する現象である。一方でルールを拡大していけば、本来規制すべきではないところにまでルールを押し付け、個人を不必要に抑圧するということが起こる。他方でルールを収縮していけば、公権力を持つものがルールを勝手に解釈して自らの義務を免れ、勝手気ままな仕事をするという現象が起こる。2つの現象は、ルールの崩壊という同じ問題の表裏の関係にある。

 ルールの拡大の典型例は、大阪の公立高校が生まれつき髪の毛の茶色い女子生徒に髪を黒く染めるよう指導した事件である。制服などのルールが必要だという議論は理解可能だが、生まれつきの身体の特徴を、他人と同じになるよう矯正させるというのは、人格の否定であり、学校教育の中ではしてはならないことだと考える。最近の公立学校ではなにかと規律が尊重される。しかし、その種のルールが踏み込んではならない領域が存在することをわきまえるのも、本来のルールや秩序の在り方である。

 ルールの収縮の典型例は、森友学園、加計学園の事件である。最近、森友学園に対する国有地払い下げの際の大幅値引きについて、会計検査院が根拠不明という調査結果を発表した。適正に算定したという財務官僚の答弁が嘘だったことは明らかである。また、土地譲渡に関する資料を破棄したことは、不当な値引きの証拠を隠滅する犯罪的行為である。財務省の役人は、首相のお友達のためなら、法を破っても罰せられることはないのか。だとすれば日本は中世に逆戻りである。

山口二郎・法政大学法学科教授 //ハンギョレ新聞社

 ルールは権力者が都合のよい支配をするための道具ではない。為政者がルールをでたらめに使っているのであれば、それを正すのは国会、特に野党の仕事である。韓国の場合、政権交代が起こることによって、前政権で起こった権力の私物化が摘発され、罪を犯した者がいれば罰せられる。政権交代のたびに旧悪が暴露されることに当惑を覚えることもあるが、権力の入れ替わりは政治腐敗を是正する効果を持つことも確かである。国会における野党の質問時間を減らして政府与党がチェックをまぬかれようとするのは、これまた犯罪的な行為である。

 日本では当分政権交代は起きそうもない。安倍政権の権力者はその点で高をくくっているのだろう。総選挙で勝利した後は、自民党は国会の委員会審議において野党の質問時間を大幅に削減しようとしている。自民党が野党だった時には十分な質問時間を得て政府攻撃をしていたにもかかわらずである。ルールは常に他人を縛るものであり、自分は縛られないという身勝手がそこにも表れている。本当に嫌な時代である。

山口二郎・法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2017-11-26 17:39

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/820741.html

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