登録 : 2016.08.15 03:50 修正 : 2016.08.15 06:42

映画「仁川上陸作戦」のモチーフになった「X-Ray作戦」は仁川近海の霊興島を拠点に1カ月間実施された海軍のスパイ戦を指す。2010年に真実和解委員会は、この時期に少なくとも100人余りの民間人が反逆の疑いで処刑された事実を究明した=CJエンタテインメント提供/ハンギョレ新聞社
 映画「仁川上陸作戦」を見た。すでに観客数が600万人を超えたというこの映画を一言で表現するならば、「嫌悪映画」といえるだろう。朝鮮人民軍治下の仁川(インチョン)を舞台に、韓国の諜報部隊員の「活躍ぶり」を描いたこの映画では、「人民軍」や「共産主義(者)」は歴史的な実体とは無関係に、驚くほど残忍で卑劣にのみ描かれている。映画で実際に大量殺戮を敢行しているのは主人公をはじめとする諜報部隊員であるのに、殺される人民軍がなんの人間性も持たない「敵」としてのみ登場するため、私たちが主人公の人間性を疑ったり、人民軍に対して具体的に想像してみるようなことは起こらない。

 このような想像力の封鎖は「嫌悪の言説」の典型的な特徴だ。「女性」であれ「同性愛者」であれ、その範疇に縛られた彼らはそれぞれが持つ歴史性を奪われ超歴史的な何らかの本質に還元される。彼らは個人であることも許されず、ひとえにその範疇でのみ理解される絶対的な他者となる。そして絶対的な他者であるため、彼らに応対する方法は排除(極端な場合は絶滅)や支配しかない。このような関係で必要なのは、ひとえに力のみである。

 嫌悪犯罪といった形で嫌悪の言説が現実となる場合がたびたびある。重要なのは、全世界的にこのような現象が表れるようになったのには具体的なきっかけがあるという点だ。1980年代に英国と米国で導入された後、世界的に広がった新自由主義がそのきっかけだ。新自由主義は、福祉国家やそれが持つ包摂の戦略を主な攻撃対象とした。新自由主義政策を推進しようとする人々が、黒人で未婚の母が暮らしていくために税金が使われているなどと福祉政策を攻撃したように、新自由主義は「マイノリティ」たちが特別な恩恵を享受しているというイメージを人種主義のような従来の差別意識と結合させ、影響力を拡大した。このように、国家が包摂から排除へと戦略を変えて生じたものは国民国家の実質的な死であった。国家は今も存在しているが、それはもはや国民統合を自らの課題にはしていない。問題となるのは「国論」の分裂のみで、この極端な階級社会を変えるつもりは全くない。

 このように国民国家が死んでいく状況の中で「仁川上陸作戦」のような映画が登場したのは象徴的である。事実、朝鮮戦争そのものが国民国家の解体という経験だったからだ。大韓民国という国家自体が民族の分断を通じて作られたものであるため、最初から国民国家としては限界があったが、それでも南の地に住む住民たちを「国民」として包摂する努力はあった。特に1949年には、左翼を包摂しようとする政策が推進され、そのため政府自ら資本主義と帝国主義を批判する「左翼的」な姿を見せることもあった。1946年に実施された世論調査では70%にのぼる人々が社会主義を好むと表れた韓国において、政府がそのような色合いを帯びるようになったのはむしろ当然なことだ。だが、当時そのようなことが可能だった理由は、米軍の不在ということから求めることができる。ここ100年の歴史のなかで、1949年7月初めから1950年7月初めに至る1年は唯一、朝鮮半島に外国の軍隊が駐留していない時期であった。米軍という圧倒的な暴力装置が撤退し、政府は支持基盤を国民に求めるしかなかった。しかし朝鮮戦争が勃発し、マッカーサーの建議で米地上軍が再び朝鮮半島に戻ってからは形勢は逆転した。韓国政府の包摂の姿勢は消え、そこに取って代わったものが左翼に対する虐殺と悪魔化であった。

藤井たけし・歴史問題研究所研究員//ハンギョレ新聞社

 朝鮮戦争時代から続くこのような嫌悪の歴史は、現在、高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を受け入れさせることにも大きな役割を果たしている。嫌悪が強力な力を引き出し、またその力は嫌悪を再生産する。この悪循環を断ち切ることが今日の課題だ。

藤井たけし・歴史問題研究所研究員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

韓国語原文入力:2016-08-14 18:53

http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/756631.html 訳M.C

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