登録 : 2016.02.22 09:02 修正 : 2016.02.22 09:12

 10日、政府が開城(ケソン)工業団地(開城工団)の全面中断を宣言すると、北朝鮮も開城工団を軍事統制区域に宣言した。そこで奇妙なことが起きた。民主政権10年の対北朝鮮政策の継承を標榜する「共に民主党」の人たちが、政府の開城工団閉鎖に同調する動きを見せているのだ。開城工団を運営させた政府の外交安保分野の高官だった人たちが「開城工団の中断は必然だ。中断を非難することはできない」、「開城工団は閉鎖することもできる」という話を繰り返した。自分がどの党に入党しているのか分かっていないようだ。

 「開城工業団地開発で休戦ラインが事実上北上」。これは『新東亜』(東亜日報月刊誌)の2004年1月号の記事の見出しだ。記事の要旨はこうだ。「北朝鮮の開城南端と休戦ラインの間の2000万坪に南北合弁団地を開発する。朝鮮戦争時の南侵ルートだったこの場所に駐屯する6師団と64師団、ソウルの龍山(ヨンサン)を狙う長距離射程砲部隊の62砲兵旅団などが、開城の北側に移る。結果的に休戦ラインが10~15キロ、事実上北上することになった」

 保守メディアでさえ安全保障への寄与を認めており、国連の北朝鮮制裁に反すと指摘されなかった開城工団が、10日に突然、核・ミサイルの資金源という濡れ衣を着せられ閉鎖に追い込まれた。その結果、12年間、事実上北上していた西部戦線、休戦ラインが再び10~15キロ南下した。

 開城工団は、長期的な観点から統一まで見据えた戦略事業だ。成功例もあり、理論的根拠もある。開城工団は欧州連合の端緒を開いた「独仏石炭鉄鋼共同体」を参考にした。敵対性の高い国境地帯の経済協力に、独仏の平和は言うまでもなく、欧州の平和まで成し遂げた成功事例を朝鮮半島に適用したものだ。

 機能主義の統合理論を借りれば、開城工団はこう説明できる。軍事地域に公団を作り、韓国の資本と技術、北朝鮮の労働力と土地が結合する経済協力を進めれば、韓国企業も得になるが、開城周辺地域の経済も良くなる。そうなれば、それを維持するために北朝鮮の軍事的緊張造成の行為も減るだろう。経済協力が緊張緩和と平和協力を可能にし、そうした現象が開城から他の国境地域に広がる(spill over)というものだ。東西欧州間の経済交流協力から始まり米ソの戦略兵器削減まで可能にした「ヘルシンキプロセス」がそのロールモデルである。

 はっきりしていることだが、北朝鮮の核・ミサイル能力が急に高度化されたのは、開城工団のためではなく、2008年以降に6カ国協議が一度も開かれなかったためだ。6カ国協議が開催されていた間、北朝鮮は核・ミサイル活動を中止したり最小化した。しかし協議が行われなかったこの8年間、北朝鮮は核実験を3回も行い、ミサイルも今は米国東部まで到達する射程を確保した。その責任を突如、開城工団に負わせたのは、政策決定の主要な因果関係の分析を誤ったからだ。これは北朝鮮関連資金の流れに対する情報を韓国よりはるかに多く持つ米国でもしなかったことだ。

チョン・セヒョン平和協力院理事長・朝鮮半島平和フォーラム常任代表//ハンギョレ新聞社

 開城工団が運営されている間、休戦ラインは事実上北上し、軍事緊張は著しく緩和した。天安艦事件や延坪島砲撃は、開城工団のためではなく、李明博(イ・ミョンバク)政権の対北朝鮮敵視政策の結果だ。大きな枠組みで考えれば、開城工団は朝鮮半島における「平和引き寄せ」の役割を果たし、南北の社会・文化的同質性もかなり育てた。十年一昔と言われる。開城工団が3~4年ほど長く持続されるなら、少なくとも開城と黄海道くらいは、社会・文化的にかなり変わるはずだ。それが「経済統一」、「事実上の統一」の始まりでもある。ところが、沸騰直前に電気ポットのコードを抜いてしまうように「閉鎖の勇断」を下してしまった…。

 工団閉鎖後、国民は北朝鮮の一挙手一投足に不安を感じるようになった。今後、開城工団の人件費よりはるかに多い資金が安保費用に使われることになろう。政府は休戦ラインを再び北上させる策を樹立せよ。そのために統一部長官は、命をかけた直訴はできないとしても、自分の声で部下職員たちの自尊心を守ってあげてほしい。それが学者としての名誉くらいは守る道ではないか。

チョン・セヒョン平和協力院理事長・朝鮮半島平和フォーラム常任代表(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-02-21 21:11

http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/731364.html訳Y.B

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