登録 : 2015.10.01 23:40 修正 : 2015.10.02 06:36

 他人に迷惑をかけてはならないという文化が強い日本で、デモは“最高の迷惑”だ。 その上、日本でも“けちんぼ”で有名な京都の人々が市内の繁華街で大声で拍手し興奮する姿など、誰にも予想のつかなかった変化だ。 先週木曜日、京都での市内デモの現場でのことだ。 3、40人程度が集まった小さな規模のデモだったが、通りの市民の呼応と歓声にデモ隊のムードは高まった。「こんなムードは今までに経験したことがありますか」という筆者の質問に対して、デモに参加した日本の友人は「生まれて初めて」と口をそろえた。

 数年間、「町内人文共同体」に会いに日本にもしばしば行った。知り合った町内文化運動家や活動家は、変化の活力あふれる韓国を羨んだりしていた。 さらに「3・11事態」以後、日本はあたかも底なしの深淵の中に沈むかのようだった。 高層建物に掲げられた電光掲示板に光る“復興”、“地域興し”のような日本政府のメッセージは、あまりに健全で、むしろ奇異に感じられた。 この当時には日本がこのように変わるとは予測もしていなかった。

 “ヘル朝鮮”という嘆きが絶えない韓国社会で“デモ、変化の情熱”のような言葉は古くさい昔話に変わっている。 未来が見えない状況で楽観的な話をすることも、既成世代の時代錯誤的発想に思え自己検閲をすることになる。 だが、日本で起きている変化を見て、暗い深淵から突然に出現する変化の力とその可能性に期待を抱くようになった。 もちろん現在日本社会で出現した力がまもなく減速したり、日本社会全体を変えるほどの力量にはつながらない可能性もある。 しかし、別の見方をすれば、いかなる蜂起も社会全体をまるごと変えるのに成功したことはない。 ただし変化に向かう力が社会の流れを変え、そんな風に変わった流れを継続できる力量が作られてゆくことが重要だ。

 それでは日本社会でこのような力はどうして出現したのだろうか? 多くの人が共通に答えたのは「3・11」の経験だ。「3・11」以後の反原発デモが今日の反戦デモにつながったことは明らかだ。 日本の批評家の廣瀬純氏は、故障し停止して正常化が不可能な原発システムを蜂起の典型的イメージとして分析したことがある。システムが停止した後、日本は火の海のまん中にあるような混乱と恐怖に包まれた。この混乱と恐怖の中で“復興”のような総動員時代が再び到来する可能性が高まったし、“正常国家”といういわゆる“正常化”論理もそこから突出する余地を得た。 しかし、現在日本は復興や正常化ではなく、正常化を拒否する道に入り込んでいる。 システムが止まった悪夢のような経験の末に、日本の多くの人々は「再び、正常に戻ること」を拒否している。 これは原発事故経験以後にシステムの正常化(原発再稼働)の代わりに、システム停止(原発反対)を選択したのと同じことだ。

クォン・ミョンア東亜大国文科教授 //ハンギョレ新聞社

 普通の努力では足りず“努力”をしても“正常な生活”ができないヘル朝鮮で、正常に生きるということは何だろうか? 変化が不可能だという暗鬱な展望に包まれた韓国社会で、変化の力は果たしてどんな“システム停止”を通じて到来するのだろうか? 日本の町内人文共同体の友人は私にこのように言った。「私はそんな風に生きたくなかった」。皆が「正常な人生」を夢見て、過労死に向かって突進して行った時期に、そんな風に生きないことを決めた人々、彼らの選択の中にこそ変化の潜在性はすでにあったのではないか。 “システム故障”は幻滅だけでなく蜂起の力をも触発する。“ヘル朝鮮”も例外ではないのでは。

クォン・ミョンア東亜大国文科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-09-30 18:36
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/710807.html 訳J.S(1618字)

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