密陽(ミリャン)送電塔事態は慶南(キョンナム)の山奥の村で起きた非常に小さな事件のように見えるが、朴槿恵(パク・クネ)政権の葛藤解決能力を判定する大きな試験台だ。 去る李明博政権は、龍山(ヨンサン)・江汀(カンジョン)などでこのようなゴリ押し大規模国策事業実行過程で深刻な衝突を起こしたが、この政権は今田舎の70~80代の老人たちと戦争を行っている。 ところで前の政府は龍山(ヨンサン)の借家人たちに‘都心テロ犯’という烙印を捺した後に鎮圧したが、今回は田舎の老人たちなので‘外部勢力’に‘従北’の烙印を捺すことも妥当でなく、数千名の警察兵力が無力な老人たちを鎮圧するというのも嘲笑の対象になる話だ。
彼らは「たかが田舎の老人数人のために、この重要な国策事業の実行を8年も長引かせるとは」という声が喉元まで上がって来ているだろう。 政府は補償案を確定し個別補償に入り、チョン・ホンウォン総理が現場を訪問した後に工事を再開した。 しかし老人たちは鎖でからだを縛って、穴を掘って死を覚悟して抗議している。 ついに30人余りの老人たちが病院に搬送されもしたし、11人の連行者が発生したという。 政府は抗議する住民を利己主義者だと追い詰めて、残りの住民たちには若干のお金を受け取らせ、それでも抗議を続ける人々は‘法’に則り処罰すれば良いと考えているようだ。
穴を掘り死の覚悟をした‘達観した’老人たちに補償対策は無意味だ。 国家や公企業の行政執行過程で慣性的に繰り返された一方通行主義、国民蔑視の態度が老人たちの自尊心を傷つけた。 昨年焼身自殺したイ・チウ氏の場合も外注業者が自身の畑にコンクリートを注ぎ込むなど、きわめて侮辱的な目にあって悔しさに耐えきれず自決した。 ここの老人たちにとって土地は不動産ではなく、生涯にわたって家族が食べて来た生活の基盤であり、家族と隣人の思い出が詰まった存在の基盤だ。 老人たちはアパートの相場差額を得るために転々と引っ越しながら家を財産だと考えて生きてきたソウルの人々、特に今回のことを決めた‘偉い人’らとは根本的に異なる人生を生きてきた。 老人たちは、家と土地と故郷とは金で買えるものではないということを知っている。 老人たちは自分が生涯生きてきた故郷でこれからも生きていく権利がある。 外部勢力と結託した利己主義者たちが世論を無視して抵抗しているという‘宣撫工作’は、老人たちの怒りを掻き立てるだけだ。 政府はなぜこれらの老人たちが‘ソウルの人々’のために自身の生活基盤を安値で放出しなければならないのかという問いに、明快に答えたことがない。
専門家たちは、密陽(ミリャン)送電塔は将来建設される新古里(シンゴリ)5~8号機など政府の原子力発電所拡大政策および老朽原子力発電所の寿命延長作業と連動されているという批判を提起しているし、したがって電力生産における核エネルギー比重を低めれば送電塔強行の説得力も下がると話す。 もちろん電力料金引き上げなどの色々な問題が発生するために、この懸案を巡る国民的討論が必要だ。 この事業が本当に国家の未来が懸った避けられないことならば、すべての内容と推進過程をありのままに公開し、住民たちをすべての過程に参加させ、将来恩恵を受ける企業と首都圏の住民たちがより多くの費用を支払うようにしなければならず、被害者たちが現在の暮らしの条件をほとんどそのまま維持できるよう配慮しなければならない。
朴正熙時期のように無力な貧民をトラックに乗せて広州(クァンジュ)大団地(城南(ソンナム))にそのまま放り出して捨てることもできなくなったので、この事態をどうするつもりなのか? ‘買収’と‘鎮圧’で葛藤を解決した時代はすでに過ぎた。 政府と韓電はやれるだけやった? とんでもない。 まともに始めてもいない。
キム・ドンチュン聖公会大社会科学部教授