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[朴露子ハンギョレブログより] 保守化した社会

登録:2013-01-06 17:36 修正:2013-01-07 01:17
朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授

 選挙の結果だけでその社会の性格ないし方向性を判断することは大変難しいです。「あらゆる」有権者が選挙に参加したわけでもなく(今回の大統領選挙の投票率は75%でしたが、それは韓国社会の有権者の4分の1が投票しなかったということを意味します)、また大統領選挙では必ずしも自分の性向を投票行為で正確に表現できるわけでもありません。 槿恵姫様に投票したすべての人々が果して姫様と父王の恩徳を無条件に慕ってばかりいたのでしょうか。そのような「勤王派」もいないわけではないでしょうが、多くは「ただ」似たような(レベルの嘘である)「民生」公約を打ち出した朴、文二人の中からより確実な国家主義者のようにみえた前者を選んだにすぎません。自由主義的な新自由主義10年、右派的な新自由主義5年で、ぐったりと疲れ果ててしまい、ただ「超強力な国家が責任を負う成長と雇用」、そして不動産価格崩壊の防止がほしかっただけのはずです。こんなふうに投票した人々は何か特別な「極右派」というより、ただ通常の南韓社会が要求する「標準的な」経済動物的根性と国家主義的保守性を帯びています。日本でも同じように、かなりの有権者が自民党に期待したことは何か特別な軍事大国化でもなければ中国との葛藤の激化でもなおさらなく、ただ過去のような「土建型ケインズ主義」、すなわち戦後の「復興期」のような建設業主導の「似非国家資本主義」だったのです。ということは、韓日双方で今最悪の極右派が選挙制度を通じて政権を取ったのは、両社会が「極右的」であることをまったく意味しないということです。ただし、両社会では新自由主義を脱しえない自由主義者たちが民心を失い支離滅裂になり、社会主義的な代案はまったく根付かない状態なのです。すなわち、私たちは両方から悪質極右たちの登極をまったく防ぎない保守化した社会を確かめることができます。

 保守化した社会の最も顕著な特徴の一つは、いかなる根本的な問いにも関心がないということです。第三者の立場からすれば当たり前の問いであるにもかかわらず、保守化した社会ではまったく通じません。たとえば、軍事費が世界12~13位になる、そしてイギリス軍の3倍にも当たる肥大化した軍隊を持つ経済・軍事大国である大韓民国は、何故に「在韓米軍」を必要とするのかという問いです。それでも、このような問いを一部の急進的な運動圏の学生たちがたまに投げかけたりしていた軍事独裁時代の末期には、政権側の返事はいつも「北朝鮮のせい」でした。しかし、南北の経済格差が天文学的に膨れ上がり、またうまくいけば北朝鮮は経済的なパートナーの役割を果たしうるという点が太陽政策時代にすべて証明されてからは、もちろんその返事は無意味になってしまいました。それでは今の返答は?「米軍撤退」の要求そのものが最早ほとんど影をひそめた状態では、これといった明確な返答もないようです。ただ南韓の支配層がアメリカの軍事的保護領という立場に満足し、アメリカの支配者たちに逆らえないほどアメリカ中心の体制内に組み込まれてしまったという事実と、その事実を「黙って」受け入れる保守化した多数の民心が残っているだけです。2000年代初頭までは世論調査では通常30~40%が米軍の撤退を支持していましたが、最近はこのような世論調査そのものが行われなくなりました。占領というものも場合によっては「日常」になりうるということです。中米対立が最後まで先鋭化してしまえば、在韓米軍の存在は朝鮮半島全体の砂漠化をもたらしうるという点については、保守化を促しているメディアたちはもちろん触れないようにしています。保守化した資本主義社会では「長期的未来」というものはありません。来年の成長率、来年の不動産価格の推移だけが意味を持ちます。

 保守化した社会ではとにかく「なぜ」という問いは次第に消えます。どうして国民総生産の10~20%をも占める恐竜企業たちを事実上支配する李氏、鄭氏、具氏たちがいかなる民主的な統制や監視もまともに受けずに何百万人の生活が掛かっている経済的な利害関係を独断でコントロールしなければならないのですか? 私たちはいくらでも一個人としてサムスン建設が建てたマンションに住み、第一毛織が作った服を身にまとい、第一製糖が売り出している食糧品を朝食べ、ルノーサムスン自動車に乗ってサムスン系列の会社やその協力・下請会社に出勤して働く状況を想像することができます。勉強してもサムスン大学(旧 成均館大)、病気になればサムスン病院、電話をかける時もサムスンの携帯電話、新聞を読んでも中央日報……。私たちの生活全般に絶対的な影響を及ぼしているのが一つの王朝が治めている財閥集団であることを考えると、身の毛がよだちはしませんか。こうした部分に無感覚になり、もはや「こうなってしまった理由」にも、「こうなったこと」が果して正しいのか、代案はないのかということにもまったく無関心なのがいうまでもなく保守化した社会なのです。第三者の立場からすれば、一人の独裁権力が育てた経済王朝たちは次第にその生産の中心基地を賃金が遥かに安く売上高が遥かに大きい外国に移すという点、すなわちその恐竜たちを頂点とする国内経済は、否応無く長期的な沈滞や高失業率を経験することは目に見えるのです。しかし、保守化した社会では「未来」はなく、「サムスンは我が国の国家競争力の中心!」と叫びまくっている買収されたジャーナリストたちの呪文だけが騒がしいのです。そしてこの恐ろしい恐竜たちを多数の利益のために馴致させるために、すなわち社会と労働者たちの民主的な統制下に置くために自分を危険にさらそうとする人々も極めて少ないのです。

 保守化した社会ではけんかはあっても、たいていの場合は守勢的で従来の構図を暗黙的に認める土台の上で展開されます。解雇者たちが復職のために命をかけて闘っていますが、不当な解雇を可能にした構造、すなわち財閥が大株主の所有物とされ、労働者たちの経営参加や社会の企業経営統制が不可能な構造そのものを闘争の対象とすることもできません。そんな力など到底ありません。非正規労働者たちが死ぬ覚悟で送電塔篭城を敢行しているものの、その要求とは「裁判所の決定に従う正社員転換」これだけです。保守化した社会では非正規雇用の量産を可能にした財閥に対する大株主たちの私的所有構造や経営構造などを問題視しうる勢力などどこにも見当たりません。問題は、裁判所が命じた正社員転換を要求して篭城してみても、それを要求するうちにいくらでも命を落とすことがありうるということです。保守化した社会では「下の者」の生命は何の価値もありません。そして法律は「下の者」にのみ適用されるのであり、殿さまたちはただその利益に沿って行動すれば良いのです。これは社会的な正義に対する正面からの否定ですが、保守化した社会では「正義」という概念そのものが次第に無意味になります。「未来」とか「根本的な問い」と同じようにです。

 ところが、私たちが保守化した社会に生きているからといって、必ずしも落胆する必要はありません。私たちにはいかなる楽土も保証されていません。状況はさらに悪くなるかもしれませんし、帝国主義列強の対立構図の中で南韓が完全にファッショ化することもありえます。しかし、ここで私たちにできることは、できるかぎり思いきり声を上げ、力強く連帯することです。社会は保守化しても真理は依然として真理なのです。資本主義が必然的に人間を歪曲し、長期的には必然的に多数を絶対的また相対的な貧困に陥れ、必然的に危機、恐慌、戦争をもたらすことは真理です。私は彼らが私の口を力ずくで噤ませても真理を声高く叫び続けるつもりです。そうすることでファッショどもを押さえ込むことができるわけでもありませんが、少なくとも子孫たちに恥ずかしくないでしょう。そして保守化した社会の経済的な状況が必然的に悪化し、多くの人生がだめになればなるほど、連帯と闘争の幅を広げていけばいいのです。それでも、それでも希望は最後まで死なないのです

http://blog.hani.co.kr/gategateparagate/54348 韓国語原文入力:2013/01/03 23:17
訳J.S(3420字)

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