登録 : 2016.03.03 23:39 修正 : 2016.03.04 07:10

シャープとのFoxconnのロゴ//ハンギョレ新聞社

日本で多様な没落原因分析 
シャープペンシルに続きLCDで世界制圧 
技術のみ追求し“落とし穴”に 
世界の流れに追随できず 
製品開発・市場開拓を怠る

 日本の製造業の象徴だったシャープが没落した原因は何か。 シャープが先月末、経営悪化に耐えれられず、台湾の電子機器メーカー鴻海(ホンハイ)精密工業(フォックスコン:Foxconn)との売却交渉に突入し、同社の失敗の原因を突きとめるための多様な試みが行われている。

 読売新聞は先月26日から、同社の失敗の理由を探る「シャープの選択」という企画を5回にわけ載せた。 日本の書店ではシャープの失敗原因を分析する多様な経営学関連書籍が売れている。

 多くの日本人にとりシャープは、独特の郷愁を呼び起こす製造企業として挙げられる。 1912年に創業したシャープが名声を得ることになった契機は、1915年に「シャープペンシル」という名のメカニックペンシル(機械式鉛筆)を出したことだ。 シャープは以後、この会社の社名になり、今でも機械式鉛筆の代名詞として使われている。

 シャープの社風は同社を創業した早川徳次(1893~1980)の独特の技術論に要約される。 早川は生前「無駄に規模を追わず、誠意と独自の技術を持って幅広く世界の文化と福祉の向上に貢献する」という経営理念を明らかにしていた。 このような技術論を基にシャープは1953年、日本初の白黒テレビ、1973年には世界初の液晶(LCD)表示電卓を発売する。 「液晶のシャープ」という、盤石と思われた伝説の始まりだった。 その後のシャープは成長を繰り返し、2001年には世界の液晶テレビ市場で実に79.4%のシェアを記録する。 同じ期間に韓国サムスンの占有率は1.3%に過ぎなかった。

 日本ではシャープが没落することになった原因として、技術に対する盲信と無謀な投資の2点を挙げている。

 シャープの技術盲信をよく示す単語は「ブラックボックス」だ。 シャープは自らの優れた技術力を過信する余り、世界の市場の流れを読み、それに合わせた製品開発や市場開拓を怠った。 シャープという外部から覗き見ることのできないブラックボックスの中で、液晶生産からテレビやスマートフォンなどの最終製品を生産する“垂直統合”モデルを完成したのだ。 このような経営戦略は2000年代初期には大きな成果を上げ、三重県の亀山工場で生産されたモデルのAQUOSは全世界で翼が生えたように売れた。 北米市場の注文が急増した結果、1台当りの運送料を6万円もかけて45インチの大型テレビを飛行機で送ることもあった。

 2000年代末になり状況が変わり始める。 世界の製造業の流れが世界各地から価格の安い部品を買い入れて汎用製品を生産する“水平統合”モデルに進化した。 それとともに韓国や中国の企業の大躍進が始まった。 2006年に14万6千円だった液晶テレビ1台の平均価格が、2012年8月には4万9千円に下がった。

 しかし、シャープは過去の成功に酔って2007年、大阪の堺に4300億円を投じて60インチ高級モデルを生産する大型工場を新設する。 そして突如弾けたリーマンブラザーズ事態でシャープの実績は墜落した。 その後も大小の経営ミスを繰り返し、2012年には液晶部門だけで1389億円という天文学的営業赤字を記録することになる。『シャープ「液晶敗戦」の教訓』を書いた立命館アジア太平洋大学の中田行彦教授は、読売新聞とのインタビューで「良い製品を作れば売れる、という技術信仰に陥っていた日本は世界から孤立した。これはシャープだけでなく日本の他の電子産業の問題でもある」と指摘した。

東京/キル・ユンヒョン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-03-03 19:50
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/733248.html 訳J.S(1672字)

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