2021年8月に米軍が突然アフガニスタンから撤収した1カ月後、韓国メディアに「アフガニスタンの女性難民、1カ月間で2000人妊娠」という記事が掲載された。当時、アフガニスタンから脱出した人々はドイツの米空軍基地に臨時で受け入られたが、その基地でわずか1カ月の間に妊娠した女性は2000人にのぼるという米国CNNのニュースを引用して報道したものだ。
その年の9月25日夜、あるインターネットのコミュニティでこの記事をみた。記事には、難民キャンプで妊娠した女性たちを非難するコメントがずらずらと書き込まれていた。「セックスに狂った獣たち」「ゴキブリ」と激しくののしり、「ムスリムの繁殖力が世界を飲み込むだろう」などと確信をもって書かれたコメントを覚えている。
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フェイクニュースの誕生
最初の報道がどこなのかは分からないが、私はこの記事を初めてある日刊紙で読み、翌朝にはいくつかのインターネットメディアがこの記事をそのまま書き写し始めた。イスラム教徒に対する先入観が生んだ誤訳と、誤訳が作ったフェイクニュースが、ふたたび多くのヘイトコメントをまき散らす様子は、あたかもゴキブリの繁殖過程をみるかのようだった。
実際にはこうだった。元のCNNの記事は「『ラムシュタイン空軍基地ではすでに22人が生まれており、今後その数は急増するだろう。女性3000人のうち3分の2が妊娠した状態であり、これらの人々がラムシュタインに留まる時間と医療スタッフなどが要求される』という基地関係者の証言があった」と記されている。したがって、基地に到着した女性の大部分はすでに妊娠した状態であり、おそらく、緊迫した状況下で、老人や子ども、妊婦などを先に撤収させたためだというのが合理的な推測だ。
いったいどのようにして、2000人がわずか1カ月で妊娠し、その妊娠事実まで確認できるというのだろうか。基地で毎日妊娠テストを行っても不可能なことだ。記者やデスクやコメントを書いた人々は、なぜ合理的な疑いを持たなかったのだろうか。
確認も訂正もしないフェイクの外信報道を何度もみると「そのような必要がなかったから」だという気がする。他のインターネット記事はこっそり訂正されたり消えたりしたが、その日刊紙の記事とコメントは、今なお宿主のようにポータルサイトにそのまま残り続けている。国内問題であればありえない対処だ。
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日本を通じてみた韓国のろうそく革命、英国の目でみた欧州
海外から韓国の新聞を読むので、国際ニュースに対する誤訳と歪曲に胸が痛む。記者だった頃には国際面にまったく関心がなかった無知で怠け者の私を省みるようになる。ウクライナ戦争に対する紛らわしい報道はご愛嬌の水準だ。ロシアがザポリージャ原発を掌握していたのに、ロシアが原発を「爆撃」したというのはどういうことなのか。数カ月前にもノルドストリームのパイプラインをロシアが爆破したと断定したが、それはどういう自信からなのだろうか。
多くのメディアは英国の新聞を参照して記事を書くため、主に英国の目で欧州をみることになる。日本メディアを通じて韓国を理解するため韓国のろうそく革命を混乱や無秩序だと報じたという外信と変わらない。
ドイツのニュースは思想戦にしばしば動員される。韓国で無償給食の賛否論争の真っ最中だった時、はっきりとドイツでも無償給食を行うという話を聞いたが、ベルリンに来てみると無償給食はなかった。社会扶助の対象者について、教科書、交通費、昼食代などの福祉項目をきめ細かに行なうことがドイツの福祉の方式だった。1980年代にドイツに留学した人々が、すでに廃止された当時の政策や一部の地方の事例をドイツの模範事例のように書いたりもした。
進歩派の立場でときどきドイツのファンタジーが作られるとすれば、保守右翼の報道では、進歩政策が失敗するということを立証しようとする執念が感じられる。韓国で賃貸借3法の施行を控えた際、様々なインターネット・コミュニティでは「ドイツでは家賃の引き上げを抑制した結果、住宅価格が高騰した」というかなり具体的かつ丁寧に作られたフェイクニュースが出回った。
正確にはその発源地なのかどうかは分からないが、ある保守新聞が書いた「文政権が夢見る『賃貸住宅天国』…ドイツも住居価格高騰、無住宅者だけが泣く」という記事に一脈通じる。その記事は、「ドイツは欧州で資産の不平等が最も深刻だ」とするドイツ経済研究所(DIW)の発表を提示し、その理由として、借家人保護が強く自家保有率が低いためだとする、まったく理解できない主張をした。知られた事実といくつかの論文から、意図に合う部分だけを抜き出してつぎはぎし、完全に新しい事実を生み出した結果だ。まさにそのドイツ経済研究所が「ドイツ人は賃貸所得では富を創出できなかった」として「相続税の強化だけが資産不平等を解決する方法」だとする結論を出した事実は取り除き、韓国の保守新聞は突然、「脱原発によって住宅供給が制限されたため」だとする奇想天外な結論を出した。
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ドイツ人も初めて聞く「ドイツ発の特ダネ」
ドイツの緑の党が脱原発の取り消しに賛成したという誤報は、すでに韓国にも伝えられている。ドイツで本来2022年末に予定されていた最後の原発の閉鎖が、ウクライナ戦争によって2023年4月まで延び、緑の党は、これを機にエネルギーシフトを推進するという主張を続けた。それでも韓国の新聞は、希望を込めて引き続き「ドイツも脱原発をUターン」という見出しをつける。ドイツ人も初めて聞くニュースだから、特ダネといってもいいだろう。事実ではないという点だけを除けば。
悪意がなくても、国際ニュースというものは常に歪曲と誤報のリスクにさらされている。ドイツの週刊誌「シュピーゲル」も誤訳の論議に苦しめられた。シュピーゲルは、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領とのインタビューで「私は何がなんでもドイツのショルツ首相にウクライナを支援させる」と述べたと報道し、誤訳との指摘を受け、「ウクライナを支援するよう求める」と訂正した。その間に多くの国際通信社がゼレンスキー大統領の強硬発言を各国に伝え、SNSでは「ゼレンスキーは西側が支援することを当然のように思っている」というイメージが広がった。フランスの日刊紙「フィガロ」は同じ発言について、「私の任務は西側国家が私たちを支援するようにすることです」と、はるかに外交的な口調で翻訳した。
このような状況なので、ますますドイツのニュースを含む記事を書くときには手が震える。言語の境界を越える際、時には翻訳者の意図だけが国境を越えてしまう。ニュースというものは、いかに歪曲されやすいものなのか。