2022年10月29日夜10時15分。ソウル梨泰院洞(イテウォンドン)のハミルトンホテルの横の路地は、坂を下りる人の波と上る人の波がぶつかり、身動きの取れない状況となっていた。一歩踏み出すことすら難しいほど人が密集したことで、一部はドミノのように倒れて群衆の下敷きとなり、一部は立ったまま窒息・圧死した。都心のど真ん中の路地で、どのように数十人の大人が立ったまま圧迫され、窒息に至る惨事が起きたのだろうか。
胸が抑えつけられれば5分耐えるのも困難
「尚州(サンジュ)市民運動場圧死事故の臨床的考察」(2007年)という論文を発表するなど、これまで圧死事故を研究してきた龍仁セブランス病院応急医学科のイ・ギョンウォン教授は11月1日、本誌(ハンギョレ21)の電話取材に対し「当時の映像をみれば、極度に密集した群衆の中に人が挟まっているが、これほどの過度な圧力が生じれば、立っている状態でも胸郭運動ができなくなる」、「私たちは普段あまり意識しないが、胸の周りの空間があってはじめて吸ったり吐いたりの胸郭運動ができる。胸が押さえつけられれば息が吸えない。長くもったとして4~5分、短い人だと1~2分がせいぜい」だと述べた。
イ教授によると、呼吸困難はすぐに心停止へとつながる。心停止が発生すると血が脳に回らず「低酸素性虚血性脳症」が引き起こされ、この状態で10分ほどたてば臨床死に突入する。つまり、健康な成人男性も20分以上はもたない。
大韓応急医学科医師会の会長を務める翰林大学聖心病院応急医学科のイ・ヒョンミン教授は「普通はゴールデンタイムを(心停止から)4分とするのは、4分を過ぎると細胞が死にはじめるから。一部の細胞が死ぬのか、多くの細胞が死ぬのかによって後遺症に差が出る」と説明した。それに加えて、群衆の極度の密集状態では手足が押さえつけられるため、打撲傷やすり傷、ひどければ骨折や腹腔内部の臓器の損傷も生じうる。
群衆の密集の安全を研究する英国サフォーク大学のキース・スティル招聘教授は今回の惨事について、特定の空間の人口密度が急激に高まることで「酸素不足、胸部圧迫、窒息」へとつながる典型的な「群衆密集の惨事」だったと語る。スチール教授は11月2日の本誌との書面インタビューで「過度に多くの人が一つの空間に入ることを許したことが問題だった」、「群衆の密集については、ひとまず受け入れ可能な範囲以下に人口密度を管理することが最も重要だ」と語った。
密集→衝突→「意図せぬ行動」
スティル教授によると、1平方メートルの面積に立っていられる人数は最大で5人だ。1平方メートルにいるのが1~2人なら人が自由に行き来でき、3人いれば混雑の水準になる。4人以上になると互いに肩がぶつかり、6人を超えると事故の可能性が大きく高まる。「梨泰院惨事」が発生した場所では1平方メートル当たり10人以上が集中していたと推定される。
スチール教授は、「人が群衆の中に閉じ込められると、(呼吸困難のため)必死に抜け出そうとする。押し合ったり倒れたりする行動は(呼吸困難に伴う)現象」だと説明した。また「路地の出入口で安全要員や警察が群衆密度を観察し、路地の中に入ってくる人々の流れを規制すべきだった」とし、「現場の地理的リスクと群衆の動き(Dynamics)を事前に予測しておくべきだった」と語った。
密集だけでなく「群衆乱流(クラウドタービュランス)が発生したことが原因だとの指摘もある。ドイツのマックス・プランク研究所で群衆行動を研究するメフディ・ムサイド博士は2022年10月30日、米国「ワシントン・ポスト」とのインタビューで「(計画された行事ではないため)人々がどの道に行くか、どの方向へと進むかは分からない」ということが状況を悪化させたと指摘した。
同氏が2011年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表した論文「簡単な規則が歩行者の行動と群衆災害を決定する方法」によれば、人は通常「妨害されない歩行方向」に行こうとしつつも、「目的地までの直接的ルート」から外れ過ぎるのを嫌って折衷案を探るという「意図的行動」を取る。また、障害物が見えたらしばらく停止して安全な距離を保ったり、歩行速度を調節したりする。この時、密集度が極度に高くなり互いに衝突する作用が強まれば、歩行者の「意図的動き」より「意図しない動き」の方が多くなり、制御できない「群衆乱流」に至る。
韓国安全専門家協会のイ・ソンギュ会長は「特定の空間が人でいっぱいになりもしたが、押し合う力が作用して圧縮され、死に至った」とし、特に「様々な方向へと押し合う力が作用すれば、真ん中にいる人は身動きが取れなくて潰れる」と語った。では、群衆の中に閉じ込められた時、窒息を避けるにはどう行動すればよいのだろうか。
人を助けるべき
群衆安全の専門家ポール・ウォートハイマー氏はワシントン・ポストとのインタビューで「優先すべきは、足を地面にしっかりとつけ、腕が横に挟まれないようにして胸を保護するとともに、酸素を節約すること」だと語った。腕が胸の前にあれば呼吸する空間が0.5~1センチ確保でき、呼吸が続けられる。同氏はまた、「自分をしっかり(地面に)固定する必要があるが、(群衆が動く時は)押すのではなく一緒に動く必要がある。流れに乗るべき」だと語った。
また、叫ぶのはエネルギーと酸素の浪費であるため、注意しなければならない。気持ちを落ち着かせ、できるだけ空気を吸うために頭を上に向けていなければならない。最後に、人を助ける行動が重要だ。群衆行動を研究する英国ノーザンブリア大学のマーティン・エイマス教授は、「(人助けは)助けられる人の機会であるだけでなく、助ける人の機会にも役立ちうる」とし、「誰かが転んだら助けるべきだ。群衆の衝突は戦争ではない。人の命を救うだけでなく群衆崩壊を防ぐこともできるだろう」と語った。