[イシュー追跡] 半導体工場で22人発病しても労災認定は0人…(7517字)
闘病労働者・遺族など行政訴訟提起 "発ガン物質 ベンゼン露出 立証に自信"
□イム・ジソン,ユ・ウジョン
←2008年2月坑癌治療を受けていた当時のパク・チヨン氏の姿。彼女は骨髄移植手術を受けたが昨年9月白血病が再発した。
涙も凍ってしまうほど寒かった1月11日朝、ファン・サンギ(55)氏は江原,束草でソウル行バスに乗り込んだ。江南高速バスターミナルに降り、身なりを整えた後に彼が向かったところはソウル行政法院だった。この日、三星電子半導体事業部に勤めていたが白血病で亡くなった労働者3人の遺族と闘病中の労働者3人が勤労福祉公団を相手に労災認定のための訴訟をソウル行政法院に出した。ファン氏は三星半導体器興(キフン)工場で仕事をしていたが白血病で亡くなったファン・ユミ氏の父親だ。
次女が亡くなり3年経った。当時若干二十三才だった。娘はファン氏が運転する車に乗り病院に行く途中で息をひきとった。タクシー運転手のファン氏は運転をする度にその日を思い出す。以後、ファン氏は足繁くソウルに向かった。娘の無念を晴らすためだった。
病院に行く車の中で亡くなった次女
高等学校3学年の時、娘は大学をあきらめ三星に入社した。同期10人と共に学校の推薦を受けた。意気揚揚「弟の学費は私が稼いであげる」と言った。ファン氏はソウル行バスに乗る度に、十九の娘に直接水原行バスの切符を買ってやった自身の姿を思い出ず。当時、娘の明るい表情は車の中で死んでいった顔にゆがむ。幼くか弱い娘を死地に追いやったという罪悪感と申し訳なさを振り切り難い。
娘一人だけが被害にあったわけではなかった。娘を送った2007年3月以降、四方からうわさをたよりに捜した結果、娘と同じように器興工場3ラインで2人1組で仕事をしていたイ・スギョン(当時30才)氏も白血病で死亡したという事実を確認した。娘と2人1組で仕事をしたまた別の人は妊娠したが流産した。分かってみれば器興工場1・2・3ラインは手動作業が多く設備が古かったうえに各種の有害物質漏出事故も多く、勤労者の間で‘事故ライン’と呼ばれていた。ファン氏は娘の死を暴くにつれ‘労災’という確信を得た。
助けてもらう所を探し、その年9月に民主労総京畿本部のイ・ジョンナン労務士に会った。彼らが一緒に‘半導体労働者の健康と人権守りバンオルリム’(以下 バンオルリム)という団体を作った。嘘のように被害者が集まった。2009年12月までに確認された白血病・リンパ腫など造血系(血液生産に関与する組織)癌発病者だけで22人だ。韓国産業安全保健公団産業安全保健研究院が調査した結果、2007年まで造血系癌が発病した人は器興工場14人,温陽工場4人,水原事業場が1人だ。この内、器興工場6人,水原事業場1人が死亡した。2008年以後、器興工場1人,温陽工場2人の発病が追加確認された。脱毛,流産,無月経など症状は数えきれない程に発見された。
造血系癌では白血病とリンパ腫が代表的だ。白血病は骨髄で生産される白血球が悪性細胞に変わり血管をとおり全身に広がる病気だ。悪性リンパ腫は全身にまんべんなく分布し微生物をろ過するリンパ腺などリンパ節細胞が悪性に転換されて生じる腫瘍だ。造血系癌の原因としてはベンゼン,放射線,遺伝的素因等が挙げられる。半導体製造過程にはベンゼン,電離放射線,ヒ素,カドミウム,トリクロロエチレンなどの発ガン物質が使われる。
だがまだ勤労福祉公団で労災が認められた人はいない。労災と認められない人々を中心に6ヶ月前から訴訟準備が始まった。産業医学専門医であり弁護士のパク・ヨンマン団長を含め弁護士3人,労務士3人で訴訟団を構成した。訴状を提出した1月11日、遺族代表として参加したチョン・エジョン(32)氏がマイクを握った。彼女の夫ファン・ミヌン(当時31才)氏もやはり三星電子器興工場で仕事をしていた2005年に白血病で亡くなった。チョン氏は40人余りの取材陣を見渡し「3年あまり戦う間、このように記者とカメラが多いのは初めて見る。記者と裁判所にいらっしゃった方々が捨てられた労働者を後生だから助けて欲しい」と訴えた。
チョン氏もやはり器興工場で仕事をしていた。夫のファン氏とは社内カップルだった。ファン氏は二十三才だった1997年11月、器興工場に入社し設備エンジニアとして1ラインと5ラインの維持・保守を担当した。勤務7年目の2004年10月、白血病が発病し9ヶ月後に亡くなった。チョン氏も自然流産を経験し、周辺同僚らが流産,不妊,奇形児出産などの問題を体験するのを数えきれない程に目撃した。チョン氏の入社同期はラインに立つだけで鼻血が止まらず会社を辞めたりもした。
勤労者たちは叫んだがその声はなかなか工場の外に伝わらなかった。三星の‘管理’のためだという主張もある。昨年9月、白血病が再発したパク・チヨン(23)氏はもう取材陣に会うのは負担だといった。温陽工場の職員だった彼女は2008年初めに坑癌治療を受けていた当時には<ハンギョレ21>と病院でインタビューをした。インタビュー以後、三星側の執拗な懐柔と脅迫が続いた。静かにしていれば三星側から出た職員が病院費もくれ、忠南扶余の家からソウル病院までの通院治療も助けるといった。去る1月5日、次の抗がん治療を待っている間に熱が39度まで上がった。助けを乞う所がなく結局、母親が‘三星の人々’に電話をかけた。三星側で送った車に乗りソウルにある病院へ行った。
いつまで続くかも知れない病魔との戦いで、直ちに三星の提案を断ることは容易ではない。三星の要求は一つだ。訴訟や言論インタビューをしないということだ。それでもパク氏は今回の行政訴訟に参加し、<ハンギョレ21>とインタビューをした。過ぎた時間を見れば黙ってばかりはいられない。
酒ばかり飲んでいる父親、食堂で皿洗いをする母親の下で月に100万ウォンでも稼いでみようとした時だった。工場で眠らずに夜を明かし交代時間の明け方6時になろうとする頃、同僚たちが大声を出した。すでにパク氏の白い防塵服のズボンには真っ赤な血がびっしょりと滲んでいた。そのように下血をした後。白血病の診断を受けた。メッキがよく乗るようにする粘っこいフラックス溶液と高温の鉛溶液に半導体本体をピンセットでつまみ入れ取り出す作業をして2年9ヶ月ぶりだった。闘病生活をする間、三星は彼女を訪ねなかった。マスコミの報道後に訪ねてきた三星の‘配慮’が見せかけと感じられる所以だ。
←三星半導体器興工場で勤めている間、白血病にかかり2007年に死亡したファン・ユミ氏の一周忌追慕祭の様子。ファン・ユミ氏の父親、ファン・サンギ(一番前)氏がロウソクのあかりを持ち路上に座っている。
一般人より4~5倍高い白血病死亡率
去る3年間‘バンオルリム’は被害者証言大会を開き、勤労者たちの発病が確認される度に労災申請をするなど三星労災を知らせることに積極的に取り組んできたが結果は芳しくなかった。労災判定には作業現場に対する疫学調査結果が重要だが、疫学調査過程には勤労者やバンオルリムなど労災を主張する人々は参加できなかった。事業主が設定した環境と彼らが出した材料を土台に調査が進行された。結局、去る3年間に2回の公式的な疫学調査がなされたが発ガン物質は検出されなかった。
最初の疫学調査は2007年7月から11月まで、韓国産業安全保健公団が行った。ファン・ユミ氏遺族が勤労福祉公団平沢支社に労災保険遺族補償を請求したためだ。だが、すでにファン氏が勤めた2年前とはライン施設が変わっていた。ファン氏は家族に「勤務中とても熱く時々ゴーグルを外した」と言ったが、調査団が訪ねて行った工場の温度はとても快適だった。疫学調査評価委員会も2年間に勤務環境が変わっており正確な判定を下しにくいとし、我が国全体半導体労働者の造血系癌発生危険度を評価する疫学調査をした後に最終結論を下すことにした。
全体半導体労働者を対象にした疫学調査は2008年3月から12月までに6社9ヶ半導体事業場と協力業者を相手に実施された。バンオルリムは調査を引き受けた韓国産業安全保健公団が労働者の立場を推し量るより、会社側に免罪符をあげるのではないだろうかと憂慮し、記者会見・公開質問・集会等を通じて調査過程を公開しろと要求したが受け入れられなかった。このようにして2008年12月29日に発表された‘半導体製造工程勤労者健康実態疫学調査結果’は△半導体工程作業現場で白血病誘発可能物質であるベンゼン・電離放射線などが検出されず、露出基準を超過していないこと△白血病と半導体工程の間の関連性に対して一般人口集団と比較し女性の死亡比率は1.48倍,癌発病比率は1.31倍であり統計的に意味がないこと△男性の場合、むしろ一般人より死亡・発病比率が低いなど大部分労災でないことを証明する内容だった。この調査結果を土台に勤労者らの白血病が業務とは関連ないという内容の‘業務上疾病可否回答書’が作成された。
初めてベンゼンが検出されたソウル大疫学調査
労災被害を主張する人々が問題にするのは、韓国産業安全保健公団疫学調査の不正確性だ。訴訟に出たこれらは「公団は普段より作業量が少ない状態を設定しておき実験することによって有害物質露出評価が正確になされなかった」とし「労働者らが勤めた当時の環境は考慮せず、労働者の知る権利と参加権も保障されないまま事業主の三星が提供する情報だけで調査が進行された」と批判した。また「器興工場の場合、急性白血病発病者などが全て1・2・3ライン出身なのに疫学調査は15ヶのラインのすべての労働者を基準とし発病率を計算して問題を薄めた」と指摘した。人口10万人当たりの白血病死亡者数が2006年2.4人,2007年2.6人なのに比べ、同期間の器興工場生産職女性勤労者9千人中、毎年1人の割合で(10万人当たり11.1人)白血病で死亡したので4~5倍高い死亡率だ。
こういう状況で発ガン物質のベンゼンが検出された3回目疫学調査が確認された。昨年10月ソウル大産学協力団(団長 ペク・ドミョン)が出した‘半導体事業場危険性評価諮問意見書’を通じてだ。皮肉にもこの調査を依頼したのは三星電子・ハイニックス・エムコテクノロジなど半導体製造3社だ。調査の結果、三星電子は半導体製造工程で使う感光剤に対する6件の検査で計0.08~8.91ppmのベンゼンが検出された。ベンゼン許容値は現在1ppmだ。キム・サンヒ民主党議員とホン・ヒドク民主労働党議員は昨年10月23日、国政監査でこの資料を入手し公開して、さらに正確な疫学調査を促した。
訴訟団はベンゼンが検出された疫学調査結果を土台に「韓国産業安全保健公団の疫学調査は不正確だった」と主張している。発ガン物質が検出されなかったという公団の調査結果を根拠に労災を不承認したことは誤りという立場だ。訴訟団はベンゼンなど発ガン物質に露出した状態で勤務し、急性白血病が発病したという事実を法廷で説明するために裁判所に1時間のプレゼンテーション機会を要請した状態だ。また裁判所とともに三星電子半導体事業部器興・温陽工場の現場検証に出て行く一方、裁判所の許可を受けて現場で以前に使った感光剤・洗浄剤などから発ガン物質検出実験をしてみるという計画だ。訴訟団は「作業場で発ガン物質に露出したことせ確認されるならば、癌にかかった勤労者と作業環境の因果関係は自然に立証されるというのが大法院判例」として勝訴に自信を見せている。
三星“特別な立場はない”
三星電子は訴訟から一歩退いている。三星電子側は「白血病イシューと関連しては特別な立場はない」という言葉だけを繰り返している。ベンゼンが検出されたソウル大産学協力団の疫学調査結果が公開されたが、三星側は韓国産業安全保健公団の疫学調査結果だけに言及する。三星電子関係者は「韓国産業安全保健公団の疫学調査結果が権威者が集まって出した結果ではないか」とし「労災可否はこれを土台に公団が判断する問題」と話した。
訴訟団のパク・サンフン弁護士は「三星電子白血病労災事件の真実が明らかになるのは勤労者のためにも良いことだが、長期的には三星のためにも良いこと」として「三星の成長に陰があったとすれば、もうその陰を脱しなければならない時」と話した。
半導体工程と発癌環境
危険物質と夜間労働の結合
半導体製作過程にはベンゼン・ヒ素・カドミウム・トリクロロエチレンなど発ガン物質が使われる。アセトン・塩酸・鉛・トルエンなど発ガン物質として確認されてはいないが人体に有害な物質も多く使われる。
この内、ベンゼンは医薬品,農薬,防腐剤,インク製造,ゴム接着剤,ラッカー,ペイント除去など広範囲な化学工業の原料だ。ベンゼンは汎血球減少症,再生不良性貧血,白血病,骨髓異形成症候群など血液異常を誘発する。米国産業安全保健庁(OSHA)はベンゼンを発ガン物質と規定し、1987年空気中ベンゼン許容濃度を10ppmから1ppmに下げた。1990年産業衛生分野の専門学会である米国産業衛生専門家協議会(ACGIH)は許容濃度を0.1ppmにさらに低くするよう推奨した。
我が国は1986年に初めてベンゼン露出基準を定めた。米国に従い10ppmに定めたが、翌年米国は1ppmに基準を強化した反面、韓国はこの基準を20年近く維持した。2003年になり1ppmに基準を強化した。2003年以前までは作業環境測定の時、ベンゼン濃度が10ppm以下の場合‘適合’とだけ書くことになっており、正確なppm数値に対する記録も残っていない。
半導体工場のイオン加速器から出る電離放射線も造血系に作用し再生不良性貧血,白血病のような疾患を起こす。特に造血細胞が放射線に露出すれば急性骨髄性白血病の発生が増加する。露出量が少ない場合にも染色体変形が発生する場合がある。
三星電子生産職勤労者の‘交代制勤務’も国連傘下国際癌研究機構(IARC)が発ガン性環境と規定している。必然的に夜間労働を伴い、人間の本来生体リズムを破壊する交代制勤務は体温,電解質バランス,ホルモン濃度,心拍動,血圧,消化酵素分泌,白血球数等を変化させる。訴訟団は「交代制勤務でからだの免疫力が落ちた状態でベンゼンなどの発ガン物質に露出する場合、被害はより大きくなりえる」と説明した。
作業場で発ガン物質に露出した事実さえ立証されれば、癌発病との因果関係に対しては裁判所も幅広く認めている。大法院判例によれば、該当勤労者の健康と身体条件を基準として他の発病原因を探すのは難しく疾病が急激に進行されるなど相当な因果関係があると判断される場合、労災と認定してきた。今まで白血病が労災と認定された事業場としては製鉄所,タイヤ製造会社,製薬会社,航空機製造会社,重金属を取り扱う防衛産業関連企業などがある。
‘ドリームチーム’訴訟団
専門の出身弁護士に‘三星専門家’まで
訴訟団は労働分野専門弁護士3人,労務士3人で‘ドリームチーム’を実現した。産業医学専門医であり弁護士のパク・ヨンマン団長(法律事務所 ウィヨン),パク・スンナン弁護士(金属労組法律院),パク・サンフン弁護士(法務法人 ファウ),クォン・ドンヒ労務士(民主労総),キム・ミンホ労務士(労務法人 チャムト),‘半導体労働者の健康と人権守りバンオルリム’活動家 イ・ジョンナン労務士など6人だ.
←三星半導体白血病被害遺家族と訴訟団。左からキム・ミンホ労務士,イ・ジョンナン労務士,ファン・サンギ氏(故 ファン・ユミ氏父),パク・スンナン弁護士,チョン・エジョン氏(故ファン・ミヌン氏夫人),パク・ヨンマン弁護士,クォン・ドンヒ労務士,パク・サンフン弁護士.
訴訟団長のパク・ヨンマン弁護士は去る2005年初めまでウォンジン緑色病院で産業医学科専門医として勤めていた。レジデントとして勤めた1998年末、SK化学労働者が白血病にかかり病院を訪れた。彼は当時、産業安全公団が実施した現場疫学調査に参加した。調査団は労働者が勤めた劣悪な工程でなく、きれいで安全な工程だけを検査した。それでも現場から発ガン物質のベンゼンが少量検出された。彼は労災を認めなければならないという所見の報告書を作成したが公団側は受け入れなかった。労災を認められなかった労働者は以後、公団を相手に訴訟を提起し結局、法廷で労災を認められた。彼が医師服を脱ぎ弁護士になることを決心した理由だ。
パク・サンフン弁護士は2008年‘不法派遣も2年以上ならば直接雇用対象’という大法院判決を引き出すことに大きな役割を果たした。大学時期から労働法に関心が高かった彼は、1984年司法試験に合格した後、大学院に進学し労働法を専攻した。司法試験2次に合格した後には一ヶ月間、京畿富川のバイク部品製造工場に勤めることもした。2006年ソウル行政法院部長判事を経て2007年から労働専門弁護士として活躍している。
イ・ジョンナン労務士と三星の縁は奇妙で強い。2003年民主労総京畿本部で労務士生活を始めた彼は、主に労組がない事業場の労働者を対象に労働相談をしようとした。ところが彼を訪ねてきて不当さを訴える人々は大部分が水原など京畿地域の三星労働者であった。大企業職員だが労組がないので、彼らはどこにも訴える所がないといった。以後、彼は直接新世界,イーマートに入社し仕事をしてみるなど三星労働問題に関心を傾けた。労組を作ろうとすれば位置追跡までする三星の執拗さを直接経験した。2007年に白血病で死亡した三星労働者ファン・ユミ氏の遺族に会い、彼は‘バンオルリム’という団体を作った。
文イム・ジソン記者sun21@hani.co.kr 写真リュ・ウジョン記者wjryu@hani.co.kr
原文: http://h21.hani.co.kr/arti/special/special_general/26573.html 訳J.S